💕サブリンクまで追ってきた記者・カメラマンへ。ゆづの「ありがとう」に涙腺崩壊
💕そして最後は6月5日仙台で撮影された「カフェゆづる」☕🍰……眺める自分は知性と品性は落としっぱなしです🤣
8月31日の誕生花
— 日本の誕生花 (@tanjyouka) 2026年8月30日
【立葵(たちあおい)】
花言葉:折れない心:
すっくと立ち上がり、堂々たる花房をつける元気のよさは格別。そろそろ台風シーズンなのに、まだ立ち続けて続々花をつけるのです。濃い臙脂の珍しい品種をモデルにしました。 pic.twitter.com/X24LRaWqMS
🟦羽生結弦×メンシプらじお2周年✨️
第25回も情報量がすごかった!💕 まだ終わらない8月の激流‼️新しい演技&大きなお知らせも近づいてる!
💕 プーさんはグッズだけじゃない?まだまだ続くコラボに期待💛
💕 au「羽生エクスペリエンス」も気になる!ゆづのお仕事はすでにひと区切り✨️
💕 冬へ向けてスケートの練習にも集中。
そしてなぜか最後は「ゆきむし25」🤣❄️
🟦羽生結弦×メンシプらじお✩.*˚続きです。![]()
💕 ゆず×羽生結弦『幾重』、あの生コラボにまだ知らなかった秘密が!
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💕 MASS DESTRUCTIONも猛練習中。
それでもまだ見せない、ゆづのこだわり
💕 そしてファンへ。グッズもメンシプも応援も、それぞれのペースでいい🥹
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心の羽を休めるとき
木下杯、山本草太選手は怪我のため欠場になりました(๑o̴̶̷᷄﹏o̴̶̷᷄๑)
メンシプらじおより
🫵😭
— 米津玄師 ハチ (@hachi_08) 2025年12月12日
「IRIS OUT」 #レゼダンス #チェンソーマン #RezeDance #ChainsawMan #IRISOUT pic.twitter.com/MvJv1z3Ypb
目と脳がどうにかなってんのかな
フィギュアスケートマガジン2025ー2026シーズンハイライト
届きましたーーー!
まだ全部をじっくり読み込めてはいないので、今日はどうしても書きたくなったところだけ。
それにしても1月の怪我の酷さ😭
文字を追うだけで自分の足が痛くなりそうです
(> <。)
「北京から4年。『羽生結弦の9曲』の意味。」
ここ、思った以上に涙腺崩壊します😭
2首都体育館のサブリンクで滑った9つのプログラム。
日本ではほとんど放送されることはなく、中国からの投稿で見ていました。
『ホワイト・レジェンド』
『ノッテ・ステラータ』
『SEIMEI』……
次から次へと、これまでのスケート人生をたどるように滑っていくゆづ。
本人いわく、
「これまでの人生の走馬灯」
その「9曲」の意味をあらためて振り返っています。
小学生の頃から「悔しさ」を力に変えてきたゆづ。
北京で自由に滑ることのできる最後の機会に、過去のプログラムに残っていた「悔しさ」にケリをつけようとしていたのではないか。
『ノートルダム・ド・パリ』についても、当時うまく跳べなかったサルコウへの思いを語っています。
そして過去のインタビューでも話していたように
、エキシビションを終えたあとには、
「落とし物をちゃんと回収することができた」
と。
やっぱりあの9曲は、ゆづ自身が次へ進むためにも必要な時間だったんだな……と思いました。
でも。
今回読んでいて、私はもうひとつの「9曲の意味」に泣かされました😭
あの日、狭いサブリンクまでゆづを追ってきた、記者さんやカメラマンさんたち。
ジュニア時代からずっと取材してきた方もいれば、途中から追ってきた方もいる。
ゆづは、自分が自由に演技する練習の方を選んで来てくれるのなら、皆さんへの感謝を込めて、
これまでの道のりを「ありがとうございました」と思いながら滑りたいと考えていたそうです。
ゆづと報道陣だけの特別な時間
……これ、ダメだ😭
あの9曲は、自分の「悔しさ」にケリをつけるためだけのものではなかった。
長い間、自分を見て、追いかけて、記録してくれた人たちへの「ありがとう」でもあったんですね。
コロナ禍の北京。
取材する側も心身ともに疲れ切っていた中、約50人の報道陣がゆづだけを見守っていた。
マガジンでは、あの9曲を羽生さんから報道陣への「贈り物」とも表現しています。
一曲、一曲。そのプログラムを滑ってきた記憶がある。
そして、ずっと追い続けてきた記者さんやカメラマンさんにも、そのプログラムを取材し、撮影してきた記憶がある。
だから「これまでの人生の走馬灯」は、もしかしたらゆづひとりだけの走馬灯ではなかったのかもしれません。
羽生結弦と、ずっとその姿を見届けてきた人たちが、一緒にたどった時間。![]()
最後の「SEIMEI」
羽生結弦は笑っていた
「狭い北京のサブリンク。そこで羽生と記者、カメラマンたちは笑っていた。本当に、みんな晴れやかな笑顔だった。」
😭😭😭
そして、4年前の自分が感じていたことを思い出しました。
あの北京でのゆづに、私にはひとつの「覚悟」が見えた気がしていたんです。
うまく説明なんてできなかったけれど、
ここが何かしらの境界線なんだな。
そんなふうに感じていました。
そして最後のエキシビション。
『春よ、来い』を滑る姿を見ながら、
ここにすべてを置いて、
ここからRe:スタートするのかな……。
そんなことを、ぼんやり考えていた北京の日。
あれから4年。
今回「羽生結弦の9曲」の意味を読んで、あの時ぼんやり感じていたものに、少しだけ輪郭がついたような気がしました。
悔しさにケリをつける。
落とし物を回収する。
これまで歩いてきた道を見届けてくれた人たちへ「ありがとう」を伝える。
そして――次へ進む。
あの9曲は、羽生結弦が歩いてきた道を振り返る時間であると同時に、何か新しい場所へ向かうための「境界線」だったのかもしれない。
4年前には、その先に何があるのかなんて分かりませんでした。
でも今、その「境界線」の先を生きている羽生結弦を私たちは見ているんですよね。
そう思ったら……
思った以上に涙腺崩壊しました😭
これは何度も読み返したくなる。
『フィギュアスケートマガジン』、まだまだゆっくり読みます。
って言っちゃう!
わたしバカだから ( ᐛ )
食えるわけねーだろ
🤣🤣🤣
じゃあ、カフェごと買います!
ゆづは北京で、
「落とし物をちゃんと回収することができた」
そうですが、
私は落とした場所がわからないので、 知性も品性も落としっぱなしです。
( ᐛ )
「落とし物をちゃんと回収することができた」
そうですが、
( ᐛ )
🌸最後までお読みいただき
ありがとうございました![]()
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いつだってゆづの味方•*¨*•.¸¸☆*











