2025年9月のテーマ

「警察官が主人公の小説」

 

第二回は、

「刑事犬養隼人 切り裂きジャックの告白」

中山七里 作、

角川文庫、 2014年発行

 

 

です。

 

まずはあらすじを。

東京都内の公園で若い女性の遺体が見つかった。その遺体からは臓器が持ち去られており、猟奇殺人が疑われる中、"ジャック"と名乗る人物からの犯行声明がテレビ局に送り付けられ、同じ手口で殺害された遺体がまた発見される。

捜査一課の犬養刑事は捜査を進めていく中で被害者たちの共通点を見つけ出す。

猟奇殺人、犯行声明を繰り返す犯人と警察との攻防に世間の注目が集まる。一介の刑事として犬養刑事ができることとは…。凶悪事件に立ち向かう警察官の物語です。

 

私が初めて読んだ、中山七里さんの作品です。

私はつい2,3年前までこの作者さんの名前も作品も漠然としか知りませんでした。ベストセラー作家なのに、本屋さんに行けば著作が平積みされているのに、興味を持って見ていなかったために、全然頭に入ってきていなかったのです。

ところが、中山七里さんをとあるYoutubeチャンネルで拝見し、飄々とした物腰や文字通り寝食を忘れて執筆されている姿に興味を覚えました。この方は一体どんな作品(ミステリー)を書かれるんだろう…と。

で、手に取ってみたのがこの作品だったわけです。

 

"切り裂きジャック"ホームズの連想の延長上にあった(切り裂きジャックは実在し、ホームズは架空の人物ですが、時代と活動していた街がかぶっているので、なにかと共演させられがち。)という、まったくどうでもいい理由で目を引かれたのでたくさんある著作の中からこれになりました。そして今はちょこちょことこのシリーズの続編を読み進めています。

 

まず、主人公の犬養隼人刑事は捜査一課のエース。役者といっても通るくらいの男前で男の嘘は全部見破るのに女の嘘にはセンサーが全く反応しないという特殊技能(欠陥あり)の持ち主です。

離婚した奥さんとの間に病気で入院している娘が一人いて、親子の関係修復に努力しています。

名前のとおり猟犬のように事件の手がかりを追い求め持ち帰る刑事で、捜査への執念は見事です。

 

とはいっても、警察は組織なので、たった一人のスタンドプレーだけで犯人が捕まえられるわけではありません。

犬養刑事は手がかりを探す能力にたけているし、実際に見つけ出しますが、犯人を逮捕するのにたくさんの警察官たちが動いています。

鑑識だったり、捜査一課のチームだったり、捜査本部が設置されればもっと動員数が多くなる。(「踊る大捜査線」のドラマでもよくあるシーン。皆さん見たことあるんじゃないでしょうか。)

大きな組織の歯車の一つとして働くということは、自分にはできないことをやってくれる仲間がいるということでもある。

だけど仕事である以上、出世したいとかライバルに負けたくないとか、組織内で対抗心を燃やしたりする人もいる。

その一方で、世間を騒がせた事件では警察に対して市民の厳しい声が沸き上がったりもする。

犯人を捕まえることには、世の中の不安を取り除くという側面もあるのです。

現実でも小説の世界でも、犯罪を起こすほうにも取り締まるほうにも時代とともに新しい技術が取り入れられていくと思いますが、根本の部分は今も昔も同じ…大切なのは人間で、警察官はワンチームで犯罪に立ち向かうのが理想なんじゃないかと、この本を読んでいて感じました。

 

前回おすすめした「閉じられた棺」では、主人公が警察官という立場ではありましたが、事件が起きたのは管轄外で一昔前の海外が舞台ということで、読み手にとって身近に感じられる現実味はあまりありませんでした。

この作品は現代の東京で起きた殺人事件を警察が捜査するお話なので、読者の想像力が脳内でリアルに場面を再現していくことと思います。作中で取り上げられている問題も然りで、我々の身近にある問題をテーマにしているので、それについて自分はどういう考えを持っているのか見つめなおすきっかけをくれます。

 

また、この本に限らず、このシリーズは"警察×医療ミステリー"となっていて、様々な医療問題が物語の中でクローズアップされます。(シリーズ二冊目の短編集「七色の毒」は違いますが。)

個人の感想としては、社会派ミステリーと呼ばれていた松本清張さんの作品を彷彿とさせるなあ…と。(医療は関係ないですが、社会派な雰囲気が共通している気がするのです。)

あの飄々とした雰囲気の作者からこんなに硬質で鋭い問いを投げかけられているような作品が生み出されているなんて思いもしなかった。

ユーモアだとか、居心地の良さだとか、そういうものはこの作品からは感じられません。

かといって、ハードボイルドというのともちょっと違う。

犯罪に立ち向かう一人の人間を硬質に描きつつ、警察という組織の長所も短所も内部から見つめる。そんな感じ。

 

思ってたんと違ってたけど面白かった社会派ミステリー。それが「切り裂きジャックの告白」です。

ベストセラー作家さんの小説だし読んだことある方も多いですよね。

私は完全に乗り遅れていたのでは?…と思いますが、それでも言っちゃう!

おすすめいたします。(*^▽^*)