2025年7月のテーマ

「旅を感じる本」

 

第二回は、

「台湾漫遊鉄道のふたり」

楊双子 作、三浦裕子 訳、

中央公論新社、 2023年発行

 

 

です。

 

台湾の作家、楊双子(ようふたご)さんの小説です。

本の帯には、

台湾グルメ × 百合 × 鉄道旅

とあります。

 

まずはあらすじから。

1938年、女流作家・青山千鶴子は結婚から逃げて台湾に行きます。

千鶴子の小説を原作とした映画が台湾でも上映され、かの地から公演などしてもらえないかと招待されたのです。

食いしん坊の千鶴子は、台湾まで来たからには長期滞在して現地のものをたくさん食べてみたいと台中に腰を据えて台湾各地へと公演に赴きます。

現地ガイドの王千鶴は日本語が堪能で旅行の手配も手際よく、千鶴子の食に対する興味も理解して現地の食べ物を用意してくれる有能な女性です。

この二人で台湾鉄道に乗って各地の現地グルメを食べ、友情を深めていく物語です。

 

この本はもらったものなのですが、正直、帯にある"百合"という言葉から、恋愛小説だとあんまり興味ないんだけどなあ…とはじめは思ってました。

ところが読んでみると、文体はライトノベルのようで読みやすく、確かに恋愛もの…だけども、これを単純に恋愛小説とは呼べないなという、内容になっていてびっくりしました。

(ちなみに、訳者あとがきで楊双子さんの言葉として紹介されている言葉に、"女性同士の友情から恋愛までに及ぶ広範な情感が含まれる『百合小説』"というのがあり、なるほどなあ…と思いました。)

 

上手く説明できるか分かりませんが、そもそもこの小説は戦前の台湾植民地に本土からの旅行者としてやってきた主人公の千鶴子が、現地人の千鶴と仲良くなっていく…という歴史小説なのです。

戦前の台湾の様子、そこで暮らす日本人たちのコミュニティ、現地の台湾人の中にも身分格差があったり、もちろん時代的に男尊女卑が当たり前。

こういった社会背景の中で、千鶴子は男性に頼らない自立した女性と言える立場にあり、一方の千鶴は聡明で日本語も堪能、どこから見ても有能な女性なのに、差別的な扱いを受けています。

千鶴子は千鶴と主従ではなく友達になりたいと思っていますが、千鶴はなかなか心を開きません。

台湾社会の構造や千鶴の生い立ちなどを理解していく中で、少しずつ距離が縮まって、友達らしくなっていくわけですが、この時代の社会情勢や日本人と台湾人の立場の差など、歴史の授業では出てこない内容がたくさん盛り込まれています。

 

また、作者は台湾人ですが、主人公を日本人にして、日本人の側から見た台湾を描いています。

それはすなわち、持っている側(立場が上の人間)から見た世界を描いているのであり、千鶴子は千鶴のことを正しく理解していないばかりか、自分の理解不足に気づかないまま自分が思う気遣いに基づいた行動をしていたりするわけです。

善意からくる行動でも、受ける側からすれば傲慢に見えることもある。

ジェンダーバイアスとはちょっと違いますが、それに近いバイアスを感じることができます。

女性同士の友情(または恋愛)のお話だけれども、差別問題だとか、男尊女卑の問題なんかが背景に色濃くあって、現代の日本でも同じような問題と向き合わなければならないと感じました。

 

また、この時代の女性は親の決めた相手と結婚するのが一般的で、恋愛結婚は少ないわけです。

お相手の男性が自分と合う人かどうかは嫁いでみないと分からない。それまではどんな人なのかほとんどわかってないわけなので、そりゃあ気心の知れた女友達の方が見ず知らずの男性よりも心許せる場合が多いでしょうね、と女性の立場からは思います。

(男性の側も同じことがいえるでしょうが、この時代では立場的に男性の方が強いので、弱い立場の女性の方が連帯感が増す傾向があるのではないかと思っています。)

そういう時代背景が、この小説を『百合小説』たらしめているのだと思います。

私の感想としては、千鶴子はやや恋愛感情に近いように見えるけれど、千鶴はあつい友情といった印象を持ちました。

多分読んだ人によってこの辺りの印象は差が出ると思います。

 

それから、台湾グルメと鉄道旅の描写が、私の好きなコージーミステリーを彷彿とさせました。

当時の資料から再構成された鉄道の旅は、今では行くことのできない場所や見ることのできない景色も描かれていて、時空を超えた旅の情景が味わえます。

台湾グルメも知らない食べ物だらけで、材料や作り方、日本の料理の何々に似ている…などの説明を読んで想像するしかない…。

千鶴子ではないですが、よだれが出そうになります。

 

この本は、グルメ探訪記であり、鉄道旅行記であり、歴史小説であり、立場の違う二人の女性が互いを理解して真の友情に漕ぎ着けるまでのお話です。

様々な要素がこの一冊にギュッと詰まっています。それでいて読みやすい。おすすめいたします。(*^▽^*)