2024年10月のテーマ
「目線で印象が変わる本」
第二回は、
「ぼくの小鳥ちゃん」
江國香織 作、
新潮文庫、2001年発行
です。
前回の「フランケンシュタイン」とはだいぶ趣の違う作品ですが、まずはあらすじを。
雪の降る寒い朝、ぼくの部屋に小さな小鳥ちゃんが舞い込んできます。アパート5階の窓から入ってきた、体長10センチの真っ白な小鳥ちゃんはそのまま居ついてしまいます。小鳥ちゃんはかわいらしくてとても生意気でわがまま。一番好きな食べ物はラム酒のかかったアイスクリーム。ぼくの彼女はぼくに小鳥の飼育方法をレクチャーしたりとしっかり者ですが、小鳥ちゃんは彼女が気に入らないようで彼女についてはちょっと辛口です。
ぼくと小鳥ちゃんと彼女の日常を綴った不思議な物語です。
この作品はとても登場人物が少ないです。
あらすじで登場した三人以外にも、少しは出てきますが、それらの人にはほとんど個性というものが感じられません。
つまり、あくまでも三人の冬の日常の物語なのです。
しかも、彼女と小鳥ちゃんは同じ場所にいたとしても実際にはほとんど交流がありません。
あくまでも、"ぼくと小鳥ちゃん"・"ぼくと彼女"であり、そこに第三者として彼女や小鳥ちゃんが登場するといった感じです。
また、小鳥ちゃんは"体長10センチの白い小鳥"なんですが、ぼくと普通に会話をしますし、その口調は女の子そのものです。動物が人間と同じように会話をするというと童話かファンタジーの世界によくある設定で、それが現実の日常を描く物語に入っているので、私は読んでいてどちらの世界の話としてとらえたらよいのか迷ってしまい、足元がふわふわした感じになりました。
実際、この本には絵本のような挿絵もカラーで入っていて、作者が意図して童話っぽいテイストにしているのは間違いないと思います。ぼくは社会人として仕事をしていますが、何の仕事をしているのかよくわかりません。小鳥ちゃんとの会話がメインなので、天気や街並み、食べ物、インテリアの小物なんかの描写ばかりで、ぼくという人物はおとぎ話に出てくる王子さまみたいに現実味がない男性に感じられます。生活の描写が中心なのに、仕事のことはほとんど出てこないので、違和感があります。会社勤めをしている成人男性なら、職場で過ごす時間が大半を占めていることが多い(今みたいにリモートで仕事できる時代ではなかったので)のに、職場での描写がないだけでなく、仕事で疲れたとか失敗して落ち込んでいるとか、帰宅後のメンタルへの影響もほとんど出てきません。
・小鳥なのに人間の女の子みたいに振舞う小鳥ちゃん。
・小鳥ちゃんに振り回されている感が強い現実離れした男性のぼく。
・しっかり者という設定だが、影の薄いぼくの彼女(ガールフレンド)。
彼女がいながら小鳥ちゃん(女の子)を可愛がっているぼくを見ていると、まるで浮気しているみたいで三角関係のお話のようにも感じます。
つまり、私の場合、この物語を"童話というベールで覆った三角関係の話"という風に読んでしまったわけです。
小鳥ちゃんはお話の中でははっきりと小鳥なんですけど、語り手がぼくなので、彼が自分の心変わりをファンタジーにくるんで綴っているという風に読めなくもないと考えたのです。
(小鳥ちゃんが口達者すぎて、かわいらしく思えなかったのもその一因だと思います。)
初読当時、まだ20代だったので、彼女がいながら他の女の子のわがままに振り回されて、しっかり者の彼女に対しては不満を述べたりするぼくのことは嫌いでした。
しかし、不愉快なはずの物語を、私はなぜかその後の引っ越しでも処分せずにいまだに持っています。
この本の解説を作家の角田光代さんが書いているのですが、初読から時間をおいて再び読んだとき、全然印象が違った、というようなことを述べておられます。
実は私も何度か再読しているのですが、三人の登場人物の誰目線で読むか…となると相変わらず"彼女"です。
(本当は第三者目線といった方がいいかもですが。)
にもかかわらず、読むたびに新しい気づきがあるというか、前とは違った目線で読んでいると感じます。
例えば、初読のときは小鳥ちゃんを本当の鳥ではないかのように感じていたけれど、本物の鳥だけど魅力的な女の子の象徴(実際、彼女目線で読みがちな私から見ても、小鳥ちゃんは魅力的です。)として読んでみると、あまり小鳥ちゃんに頓着しない(小鳥ちゃんを追い出せとか言わない)彼女は自分があって素敵だなと思ったり。(初読の時、彼女はちょっとぼくに対して支配的だと感じていました。)
例えば、「ぼくの小鳥ちゃん」の"ぼくの"の部分を"ぼくから見た"(目線)と解釈するか"ぼくのものである"(所有意識)と解釈するかによっても、物語を読んだときの印象はずいぶん違うなと思ったり。
とにかく、登場人物三人のうち誰目線で読むかという以外にも、童話やファンタジーとして素直に読むか、何かのメタファーと解釈して読むか、小鳥ちゃんという存在をどのようにとらえるか…ちょっとした目線の変化でいろんな思いを抱かせる作品だと思います。
初めて読んだとき、不愉快な物語だと思ったのに、なぜかその後もう一度読みたくなった不思議な本。
それが「ぼくの小鳥ちゃん」です。おすすめいたします。(*^▽^*)