2024年6月のテーマ

「暮らしを見直したくなる本」

 

第一回は、

「ホリー・ガーデン」

江國香織 作、

新潮文庫社、1998年発行

 

 

です。

 

二十代後半~三十代前半の頃に何度も読み返した作品です。

 

高校まで同じ女子校で過ごした、果歩静枝という二人の女性の物語です。

ずっと一緒に過ごしてきて、お互いのことをよく知っている二人は三十を目前にして互いに独身。友情に変わりはありません。そんな二人の日常を丁寧に描く中で、失恋の傷が癒えない果歩と、毎日充実していながら妻子ある男性と恋愛する静枝の関係が緩やかに変化していく…。静かな日常の物語です。

 

江國香織さんの作品は恋愛小説に分類されると思いますし、実際に恋愛を扱ったものが多いと思いますが、私にとっては"恋愛"の部分は割とどうでもよいのです。

問題はなんだっていいんですが、主人公たちの抱える心理的な傷や問題を、直接的な言葉でズバリと表すのではなく、その人物の行動や場面描写などによって婉曲的に浮かび上がらせていく手法が、私にとっては美しく文学的に感じるので、つまりは文章が好きな作家さんということになります。

この作家さんの書かれる文章には、何とも言えない余韻があって、そこが読んでいて心地よく感じるのです。

 

それはさておき、二人の主人公、果歩と静枝はどちらも恋愛において問題を抱えています。

しかし、表面的にはノープロブレムを貫いているし、本人自身もそう思い込もうとしていて、8割がた成功しています。

穏やかに過ぎていく日常の中で、それでも時折隠している本音が漏れだして心がざわつくときがあります。

例えば、果歩は昔の恋人が撮った写真を床に並べて夜通しそれを眺めて過ごします。その時間は彼女は過去に囚われています。

静枝の恋人は優しくて彼女を大切に想っているようで、彼女の恋愛は順調です。それでも妻帯者であることに変わりはなく、恋人とのデートや会話が満ち足りていればいるほど、彼女は一方で自分を鼓舞し続けています。

 

そういった気持ちの谷はあるけれど、果歩は箱根に一人でピクニックに行ってリフレッシュしたり、同僚で後輩の中野君と紅茶を飲んで一緒に過ごしたりしますし、静枝の方は大学の同期との定期的な飲み会やクラシックのコンサートを聞きに行ったりと、日常に彩を添えています。(果歩の場合は自暴自棄ともとれる無頓着な人付き合いをしてもいるので、日常を良い事で彩っているとは言えませんが。)

 

読んでいると、生活ってこういうものかなと思うのです。

自分の内面になかなか解決できない問題があったとしても、解決できない間はそれを受容して生きていく。

生活全部が問題に支配されてはならず、日常を回していくためには楽しみや毎日の習慣が必要なのかもしれないなあと…。

 

そこから転じて、なんというか、私の場合、彼女たちの日常を読んでいて、真似をしてみたいだとか、その生き方に共感するというのではなくて、"自分の暮らしのくせ"みたいなものについて考えてみたくなってしまうのです。

 

「モヤモヤした気分の時に、自分がとってしまう行動って何かな?」とか。

「最近のちょっとした楽しみって何だろう?」とか。

そこから、「いっちょこんな習慣を取り入れてみようかな」っていう具合にちょっとステップアップしてみたくなります。

 

多分、江國香織ファンの方々からすると、作品のいいところを全然わかっていないと思われるだろうし、この作品に対する自分の読み方が独特なのかもしれないなと自分でも思ったりもします。

それでも私にとってこの作品は、"暮らしを見直したくなる本"なのです。

 

基本的には恋愛小説で、二人の近すぎる女性たちの友情の物語なので、かなり女性読者にとって関心の高い内容かなと思います。

私のような読み方をする人はあまりいないかもしれませんが、純粋に小説として面白いので、おすすめしたいと思います。

 

また、余談ですが、この作品の中に出てくるフレーズで、すごく私の中に残った個所がいくつかあるので、最後に抜粋したいと思います。

 

一つ目は、"子供の頃、大人はみんな、もっと人格者だと思っていた。"というもの。

 

私もまったく同じように思っていたということに気づかされたのもあるのですが、このフレーズが、"だからそうじゃないと知って失望した"と言う意味ではなくて、"自分が大人になってみて、そう簡単に人格者にはなれないと分かった"というような意味に私は感じたので、そこが妙に納得してしまって残っています。

 

 

もう一つは、"言いすぎた、なんて最悪のあやまり方だと思った。言いすぎた、なんて、うっかりほんとうのことを言ってしまってごめんなさいねと言うようなものだ。"というもの。

 

この文章には脱帽しました。「言いすぎた、ごめん。」というセリフはたくさんのエンタメで耳にする言葉です。

しかし、考えてみるととても残酷な言葉で、謝ることでさらに相手を傷つけていることにこのセリフの主は全く気付いていない分罪深いと思ってしまいます。

今でも私は自分があやまる場面でこの言葉は使わないようにしたいと思っています。

 

他にもありますが、長くなるのでこの辺でやめときます。

 

さて、テーマの内容から最後はだいぶ逸れてしまいましたが、この作品は私にいろんなことを感じさせてくれる作品でした。最近は流石に読んでいませんが、年齢が上がった今、読んでみればまた新たな発見があるんじゃないかと思っています。おすすめいたします。(*^▽^*)