2024年1月のテーマ

「時代小説でありファンタジー!王朝小説」

 

第三回は、

「この世をば(上)(下)」

永井路子 著、

新潮文庫、1986年 発行

 

 

 

 

 

です。

 

私が持っていたのはPickの一番上の1986年の新潮文庫版ですが、記事を書くにあたって検索してみたら、朝日文庫やブックライフのものもあり、1984年版の新潮文庫では表紙デザインが違っていることを知りました。

 

 

 

今年の大河ドラマ「光る君へ」藤原道長紫式部を主人公にしたものなので、源氏物語や平安時代への興味関心が高まっていると感じます。

今回おすすめする永井路子さんの「この世をば」は、藤原道長の若い頃から晩年までを描いた小説です。

私がこの本を読んだ当時は道長を主人公にした小説というもの自体がほとんどなかったように思います。(知らなかっただけかもしれませんが…。)

私としては、平安時代円熟期に登場した当時最大の権力者・藤原道長を主人公にした小説は読みたいに決まっており、逆になんでないのかなって思っていたので、この小説から得た登場人物の印象というものがいまだに私の中に残っています。

そんでもって、今年の大河ドラマを観ながら、登場人物のキャラクター造詣を興味深く拝見しています。

(私の基準は「この世をば」が中心。小説以外の本からのものもちらほら。)

 

ちなみに、私自身は学生時代に平安時代を舞台とした小説や漫画(氷室冴子さんの「なんて素敵にジャパネスク」岩崎陽子さんの「王都妖奇譚」)などを入り口に平安時代の貴族社会への興味を掻き立てられ、永井路子さんの「この世をば」や前回おすすめした夢枕獏さんの「陰陽師」などの小説、関連書籍などを読み漁っていた時期があります。

 

もちろん「この世をば」は小説ですので、歴史的事実とは違いますし、千年以上も前の時代のお話なので、江戸時代や明治時代に比べればわかっていることも少なくて、歴史小説というジャンルの中においてもフィクションの色味がより濃くならざるを得ないと思います。

それでも、永井路子さんという作家さんの本を数多く読んだ経験から、この方の研究熱心さ、膨大な資料を読み込んで得た知識というものを信頼している自分がおり、そういった基盤の上に立っているフィクションであるということは平安時代の政治や文化、歴史的事件などを知るのに有用だと思っています。

 

上手く説明できないのですが、一つの例を挙げると、藤原実資(さねすけ)「小右記」藤原行成(ゆきなり)「権記」、道長自身が書いた「御堂関白記」といった同時代人たちの書いた日記の内容から、何年の何月何日に何々の宴があった、出席者には誰々がいて、どこで開かれてどんなものだったのか、全部ではないにしろある程度の情報を得たうえで(ここまではきちんと裏付けをとっている)、作者の想像力が生み出した人物像や場の雰囲気などが肉付けされて場面が出来上がっている…というのが永井路子さんの小説だと私は思っているのです。

つまり、作者が自分の創った話を都合よく進めるために、何でもかんでも想像で書いているわけではない、と言いたいのです。作品をパズルに例えると、資料から得たある程度のピースはちゃんと使ってはめ込んであり、ピースがないところを創作で埋めているという風に私はイメージしているのです。

 

登場人物たちの会話や、感じたこと、あるいは記録に残っていないようなプライベートなことに関する描写は当然すべてフィクションとなりますが、基盤となる知識があることによって、人物に関するエピソードにも資料に残っているものが含まれていたりしますし、キャラクターを創造する際にもそれらの知識は生かされているのではないかと推測してしまいます。

 

「この世をば」では、道長が主人公と言っていいとは思いますが、道長本人の視点ではなく、道長の正妻・倫子(りんし)の視点で描かれているところが多い印象です。(はるか昔に読んだものなので、間違っていたらすみません。)

この作品で描かれている道長はぼんやりした三男坊で、出世の階段を着々と登っていく長兄・道隆や野心家の次兄・道兼がもし健在であったなら、こんなにも出世することはなかったろうなと思うような人物であったと記憶しています。

そこらへんは大河ドラマの道長像と重なっていると私は感じています。(今のところは。)

 

「この世をば」には紫式部は娘・彰子のための優秀な人材としてしか登場しないので、大河ドラマには違和感を感じますが、藤原道長の生涯を描くだけでは大河として人気が出ないだろうなと思うので(個人的感想です。)、源氏物語を絡ませたい気持ちはすごくわかります。

そもそも、大河ドラマの原作でも何でもないのに「この世をば」を基準にしてドラマを観ている私が悪いのです。

(私の意見は非常に偏っているとここでもう一度念を押させていただきます。)

 

ただ、大河ドラマをきっかけに、平安時代や道長に興味を持たれる方もきっといらっしゃると思います。

この時代を舞台にした小説や漫画はほぼフィクション。中には資料にあるエピソードを下敷きにしているものもありますが(夢枕獏さんの「陰陽師」とか)、恋愛ごとや妖怪などの怪異を扱うものではなく、政治の権力闘争を描いたものとなるとぐっと数か減ると思います。

フィクションであることに変わりはありませんが、大河ドラマに関係する辺りの雰囲気を知りたい方には、永井路子さんの「この世をば」が良いと思います。おすすめいたします。(*^▽^*)