2023年11月のテーマ
「いっぱいあるぞ!時代小説」
第一回は、
「ぼんくら(上)(下)」
宮部みゆき 著、
講談社文庫、 2004年 発行
です。
宮部みゆきさんと聞けば、この作家のファンだという方々を除けば、「読んだことある!」と思い出す作品の印象が人によってバラバラなんではないでしょうか。
「龍は眠る」、「火車」などのミステリー小説に、「ブレイブストーリー」のようなファンタジー、はたまたこの「ぼんくら」から始まるシリーズのような時代小説だったり。
ドラマ化や映画化されている作品もたくさんありますし、映画「模倣犯」は公開当時すごく話題になりました。
アニメ映画「ブレイブストーリー」の原作ということで若い世代に名が知られるようになった時期もありました。
文学界の重鎮と言ってもいい大物作家さんで、いろんなジャンルの作品を書かれているため読者層が広く、いわゆる"代表作"がどれかといった場合に意見が大きく分かれる方だと思います。
私自身は若い頃には「龍は眠る」「火車」「魔術はささやく」「レベル7」などのミステリーを読み、しばらく遠ざかっていた頃に映画で「模倣犯」が公開されて原作を読み、「ブレイブストーリー」に手を出したけど挫折し(映画も観ていない)、知人が貸してくれた「ぼんくら」が面白かったので自分も文庫で買っちゃった…という遍歴の持ち主です。
今思えば、「ブレイブストーリー」が挫折してしまったのは、宮部みゆきさんを"ミステリー作家"と自分の中で位置付けていたせいなのかなと思います。
で、今回おすすめする「ぼんくら」は時代小説ですが、内容的にはミステリーです。
その辺が、私の好みに合っていたのかなと。
前置きが長くなりましたが、あらすじです。
同心・井筒平四郎は役目に熱心でもなく、腕が立つわけでもないぼんくら同心。見廻りでよく立ち寄る鉄瓶長屋の煮売屋(惣菜やみたいな食べ物を売るお店)でちょっとした買い食いをするのが楽しみという気のいい侍です。
ふらふらしてはいますが、長屋の住人とも気さくに話をするので、住人たちの困りごとを聞いてやることに…。
長屋では殺人が起きたり、差配人(長屋の管理人のような人)が失踪したりと次々と怪事件が起こります。
ぼんくら同心の平四郎には手に負えず悩んでいるところ、妻方の甥にあたる美少年・弓之助が年に似合わぬ名推理を発揮して事件を解決に導いていきます。
まず、この小説は構成が素晴らしいです。
序盤は各章で長屋の住人達の困りごとが一つずつ描かれていきます。中盤から終盤にかけては"長い影"という一つのお話になっていて、序盤の各章のお話がこのお話に全てつながっていたことが分かる仕掛けになっています。
江戸の長屋に起こるあれこれを描いた短編集のような作りなのかと思いきや、すべてが伏線。そしてその後の"長い影"は紛れもないミステリーになっています。
また、舞台が江戸時代の長屋になっているというのも、単なる演出というよりは、その時代だからある制約というものがうまくいかされていると思います。
江戸時代はとかく連帯責任を問われる時代ですので、身内の不始末はなるべく内々で解決したい心情がありますし、職業や身分によって社会的な役割が決められていた時代でもあります。
そういった時代背景の中で"事件を解決する"ということがどのような落としどころに落ち着くのかというところが、現代を舞台にした推理小説との違いの一つだと思います。警察が逮捕して解決、というような単純な結末ではないんですよね。
それから、キャラクターが個性的というのもこの作品の魅力の一つです。
主人公の平四郎がイマイチやる気のない同心というのも、かつての時代劇「必殺仕事人」の主人公・中村主水(なかむらもんど)が昼行燈(ひるあんどん)なんて言われていた姿と重なります。(古い時代劇なので知らない方もいらっしゃいますよね。藤田まことさんよかったなあ。)中村主水は世を忍ぶ仮の姿で演技していたわけですが、平四郎は素がやる気ないんですけどね。
煮売屋のおかみさん・お徳にぽんぽんと辛口のツッコミを入れられているのもほほえましいです。
それから第二の主人公・弓之助は賢い美少年というキャラクターのできすぎ君なわけですが、ちゃんと(?)欠点もありますし、何よりも彼の母親が「美しすぎるのも賢すぎるのも本人にとって害になる」という考えを持っているので、その点が面白いなと思います。本人が己を過信するようになったり、周囲の人間に利用されたりする原因になって、ろくなことがない…というわけ。子供を思う親心なのです。
自分の子には優秀であってほしいと願うのも親心と言えますが、どちらも結局のところ子供が幸せになるために願っていることと言えます。
「ぼんくら」はシリーズ化しているので、平四郎と弓之助の関係も徐々に変化していくのかなあなどと想像しています。
(私はシリーズ二作目の「日暮らし」までしか読んでいないので。)
江戸時代が舞台のミステリー小説。それがこの「ぼんくら」です。
時代小説ということで、言葉遣いや用語がその時代相応になっていて、なじみのない方にはちょっととっつきにくいところもあるかもしれませんが、捕物帖とは違う長編推理小説になっています。
時代小説というジャンルへの入り口としてもおすすめいたします。(*^▽^*)