2023年9月のテーマ

「月といえば…な本」

 

第三回は、

「ドリトル先生月へゆく」

ヒュー・ロフティング 著、井伏鱒二 訳、

岩波少年文庫、 1955年 発行(2000年 新版発行)

 

です。

 

動物の言葉が分かるドリトル先生物語のシリーズ8作目にあたります。

一緒に暮らす動物たちとアフリカに行ったり、動物のサーカスを興行したり、カナリアのオペラを公演したりと精力的に活動するドリトル先生ですが、地球を飛び出してとうとう月にまで行ってしまった!というのがこの作品です。

いつもならあらすじを書くところですが、今回は月へ行く前後のお話についてちょっと書きたいと思います。

 

実はこの作品の前作が「ドリトル先生と月からの使い」、この作品の後の作品が「ドリトル先生月から帰る」でして、三部作のような構成になっています。

といっても、「ドリトル先生と月からの使い」という作品は、月へ行くための前準備ばかりのお話ではなくて、犬たちの町を作ろうという試みのお話や、動物たちを連れたキャラバン隊でジプシーのような生活を送ってみたり、動物とだけでなく虫たちとも話せるようになりたいと研究にのめりこむ話など、先生の新しい試みについてのお話が物語の三分の二を占めています。

そして終盤に先生の元を訪れた"月からの使い"は何と

先生が虫の研究に取り組んだ後だけに、ガの申し出は受け入れやすかったのではないかと思います。

 

そして、月から帰ってきた後のお話が「ドリトル先生月から帰る」。

どうやって月から帰ってきたのか、地球と月との環境の変化にどうやって対応したのかなど、「ドリトル先生月へゆく」ではきっと描き切れなかったのでしょう。

 

というのも、「ドリトル先生月へゆく」がアメリカではじめて出版されたのは1928年。

人類が月へ行く技術を手に入れるはるか前です。

しかし、月には水がないだとか、地球よりも重力が少ないということはすでに広く知られていたようで、作者はそういった情報に基づいて物語の中の月世界を創造しています。

作者にとっては、ドリトル先生が探検することになる月世界がどんなものなのかイマジネーションを広げることも重要ですが、月に行くにあたって何が必要でどうやって行くのかだとか、どのようにして帰ってくるのかとかいうことも、独自に考えて読者に伝えなければならなかったんだと思います。

アフリカに行って帰ってくるには船を使えばいいだとか、実際に世の中にあるものや場所であれば、書くのは比較的簡単です。極端に言えば、たった一行"〇月×日、一行は船でアフリカの△△に到着しました。"とだけ書いて、後は冒険の物語に入っていけます。

これが月となると、作者の時代には今よりもずっと人々の想像が及ばない世界であったろうし、その分筆を尽くして自らのイメージを伝える必要があったのではないかと思います。

 

児童文学だし、ドリトル先生の世界自体がファンタジーです。

作者が「ドリトル先生月へゆく」で描く月世界もファンタジー。

それでも、当時の月に対する知識を元に描かれたファンタジーです。

 

月に関する知識が豊富になっている現代でも、子供向け作品で月を舞台とする場合には、ある程度の科学的根拠に基づいて月世界を描いています。例えば、月にはそこに暮らす現地人たちがいるが、地球から見えないからその存在を知られていない…というように、人々が知る月とあまりにかけ離れてしまわないように工夫されていると思います。

(映画「ドラえもん」でもそんな風なのがあったんじゃないかな。)

 

つまり、月に関して細かいことが知られていなかった時代に描かれたドリトル先生のお話の方が、発想が自由だと言えます。

約100年前に子供たちのために描かれた月の世界は、近年描かれる月の世界とは全然違うのです。

そこが、この作品の魅力だと思います。

ドリトル先生が月でどんな体験をしたのかという、お話のあらすじは今回は書きません。

どこに行ってもドリトル先生はドリトル先生。

あくなき探求心と、動植物への愛が彼の持ち味です。

この作品を読むときは、約100年前に書かれた物語だということを頭の片隅で意識してほしいです。

けっして荒唐無稽の一言で片づけないでほしい。

100年前のファンタジックな月の世界を体験してほしいです。おすすめいたします。(*^▽^*)