2023年4月のテーマ

「はじまりの物語」

 

第二回は、

「ハリー・ポッターと賢者の石」

J・K・ローリング 著、松岡佑子 訳

静山社 1999年発行

 

 

 

 

 

です。

 

誰もが知る、ハリー・ポッターシリーズの一作目です。

文庫版やら新装版やら、いろんな版が出ていますが、私が持っているのはハードカバーの旧版のもの(二つ張ったPickの上の方)です。

ハリー・ポッターシリーズは世界中のいろんな国々で出版されていて、その国によって絵や装丁が違うのですが、ずっと昔に作者のJ・K・ローリングさんがインタビューで「日本で出版されている表紙絵が好きだ」と答えていたのを覚えています。

つまり、私が持っている版の表紙絵なんですが、その理由が「ハリーの顔がはっきり描かれていないから。読者それぞれがハリーの顔をイメージできる。」というものでした。

確かに旧版のシリーズの表紙絵では人物の顔がはっきりわかるように描かれてはいません。

この「ハリー・ポッターと賢者の石」の表紙では、手前にいる赤毛の子がロンで、その隣のとんがり帽子の子がハーマイオニー、中央で箒に乗って手を振って影絵のようになっているのがハリーだろうと分かるけれど、どの子も顔は見えない。

想像力を掻き立てる絵だと思います。

そもそも小説は読者がイマジネーションを駆使して楽しむものだと思うので、作者のインタビューでのコメントは的を得ていると感じ、記憶に残っています。

 

長くなりましたが、一応ストーリーを…。

幼い頃に両親を亡くしたハリーは親戚の家に引き取られたものの、厄介者といった扱いを受けながら育ちます。11歳の誕生日を迎えるころ、ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可が与えられたという手紙が届き、ハリーは自分が魔法使いだということを初めて知ります。そして両親を殺した恐ろしい魔法使いの名も…。その後、ホグワーツに入学し、魔法使いの友達に囲まれた新たな生活が始まります。

 

この作品は、その後大ヒットになる長いハリー・ポッターシリーズの第一作だから、というだけではなく、はじまりの物語というにふさわしい要素がてんこ盛りだと私は思っています。

 

ハリー・ポッターシリーズの世界では、現代の私たちの社会と隣接する形で魔法界があります。

二つの世界は全く別の異世界というわけではなく、どちらも同じ世界の中に存在していて、非魔法族の人々から魔法の世界が隠されているという設定です。

 

読者と同じ普通の子供だったハリーが実は魔法使いだった、今までは魔法の世界のことなんか何も知らない少年が少しずつ魔法界のことを知っていく、というのは、読者が物語の世界観を理解するうえでも、主人公に共感しながら物語を読み進めていくうえでも非常にうまくできていると思います。

 

"普通の子供がある日特別な力を持ったことに気づいて世界が変わる"という物語は幾千万とありますが、主人公はそれまでの世界とのギャップに苦しんだり、師匠となった人に教わったり、普通ではなくなったことに疎外感を感じたり、孤独を味わったり…特別であるがゆえに試練が課せられるというのが多くのパターンだと私は感じています。このパターンの場合、主人公に共感することは同じつらさを味わうことでもあります。

 

「ハリー・ポッターと賢者の石」では、ハリーは自分の両親のことを初めて知り、両親を亡くした寂しさを改めて感じますし、両親の仇である強大な敵と将来的に相まみえるであろうという試練が課せられていることも分かります。

特別であるが故のつらさ、というものがちゃんとあるんですが、一方でハリーはつらかった親戚の家から抜け出して自分と同じような友達ができ、自分が生きていく世界と出会えた。しっくりくる居場所を見つけたわけです。

ハリーにとっては新しい発見だらけで、驚きや嬉しさ、楽しさがたくさんあって、決して寂しさや苦しさばかりではない。

むしろ嬉しさや楽しさがそれまで空っぽだったハリーの心に少しずつ愛を注ぎ込んでいってくれているように感じます。

 

そう、このお話は、基本的に楽しい気持ちで読める本なのです。

主人公には苦悩もあれば孤独感もある。

けれど、わくわくしながら読めて、魔法の世界に魅了される…そんな本。

シリーズの続編ではハリーが成長し、魔法界がどんなものなのかも詳しくわかってきます。

物語も複雑になっていきます。

「賢者の石」は、物語としてきれいに完結していながら、ハリーポッターの世界への導入をこの上なくうまくやってのけています。はじまりの物語として秀逸だと私は思っています。そんなわけでおすすめします。(*^▽^*)