2023年3月のテーマ
「花といえば…な本」
第三回は、
「黄色いアイリス」
アガサ・クリスティー 著、中村妙子 訳
ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 2004年発行
です。
ポアロ物の短編「黄色いアイリス」を収録した短編集です。
中身はポアロ物が5編、パーカー・パイン物が2編、マープル物1編、幻想小説が1編収録されており、統一性には欠けるけれど逆に考えるとアガサ・クリスティーが創造した探偵たちの物語が集結していて、まるで幕の内弁当のような楽しみ方ができるかもしれません。
今回はテーマが"花"なので、本のタイトルにもなっている短編「黄色いアイリス」について書きたいと思います。
実はこの作品、以前に「忘られぬ死」という本をおすすめしたときにちょっと触れたことがあります。
記事の中で書いていますが、「忘られぬ死」という作品は有名な探偵キャラクターが出てこないいわゆる"ノン・シリーズ"の長編推理小説で、殺人事件が起こる設定がこの「黄色いアイリス」とほぼ同じ作品です。
しかし、ポアロが登場しないというだけではなく、「黄色いアイリス」とは犯人も動機も全く違う物語になっています。
「忘られぬ死」の記事の中で私は、殺人事件をめぐるメロドラマをたっぷり描いている分、私にとっては「黄色いアイリス」よりも「忘られぬ死」の方に軍配が上がる…と書きました。
基本的に長編小説の方が短編よりも好きだからです。
それと、そもそも「黄色いアイリス」の設定が面白いので、その物語を長編にしたものということで、好きだとも言えます。
「黄色いアイリス」の発表が1937年、「忘られぬ死」は1945年に発表されており、後者は「黄色いアイリス」を基にした作品なので、作者自身もこの短篇の設定が魅力的だと思っていたのだと推測します。
今回この作品を選んだのは、タイトルの「黄色いアイリス」という花が、物語の中であまりに象徴的で印象に残るからです。
レストランでの晩餐会のテーブルに四年前に死んだ妻の名前を冠した花を飾り、亡くなったときに居合わせたメンバーを集める。その席で四年前と同じ状況で人が死ぬ…。
黄色いアイリスは故人の象徴であり、ストーリーが進むにつれて故人の亡霊であるかのような存在感を醸し出していきます。パーティの最中に人が死ぬ、事故か自殺か殺人か…という可能性の中に、亡霊による呪いでは???というオカルトチックな感情が混じってきて、より物語のドラマ性が増していくようです。
現実派のポアロが鮮やかに事件を解決するわけですが、物語の舞台設定の雰囲気が面白いので、長編で読みたい!という気持ちが私には沸き上がりました。それを叶えてくれたのが「忘られぬ死」というわけ。
ただ、お話としてはポアロ物の「黄色いアイリス」の方が有名だと思いますし、タイトルとしてもインパクトがあってこちらの方が秀逸だと思います。
お恥ずかしい話ですが、これだけ「忘られぬ死」の方が好きだと言いながら、前回の記事を書くときに、二つの物語のタイトルとして真っ先に思い出したのは「黄色いアイリス」の方でした。もう一つの方はお話も覚えてるし、長編なのもわかってるけど、タイトルなんだったっけ…な状態だったのです。「黄色いアイリス」のインパクトが強すぎてもう一方のタイトルがかすんでしまっている状態でした。
記事を書いて脳内メモリが補強されたので、今はもうそんなことはありませんが。
というわけで、ポアロ物の短編の中でも印象深い作品であることは間違いありません。
今回は短編集収録の他の作品については言及しませんでしたが、クリスティーのいろんな側面がのぞける一冊かと思います。というわけで、おすすめいたします。個人的にはぜひ「黄色いアイリス」と「忘られぬ死」を読み比べていただきたいと思います。(*^▽^*)