2022年9月のテーマ

「ちょっと古典文学」

 

第二回は、

「変身」

カフカ 作、高橋義孝 訳、

1952年発行、

2011年 107刷 改版、

2021年 121刷

新潮文庫

 

 

です。

 

突然ですが、『転生したらスライムだった件』というアニメをご存じでしょうか?

私は、現時点で、タイトルは知っているけれど観たことがなく、内容も全く知らないのですが、このタイトルをきいたときに真っ先に頭に浮かんだのがカフカの『変身』でした。

タイトルだけの印象ですが、主人公は元々は人間として人生を過ごし、死んで転生して目覚めたらスライムだった…ってこと!?と想像したからです。

それが正解なのか間違っているのかはさておき、これって目覚めたら昆虫になってたっていうカフカの『変身』を連想させます。

ただし、転生したってことは、人間としての人生の記憶は持っていたとしても、その人生はもう終わっているわけで、スライムとして新たな生を受け、新たな人間関係を築いていくってことだと思うので、『変身』のグレーゴル君の方がよっぽどつらいじゃん!というのが私の意見です。

 

 

先程少し触れましたが、『変身』は、主人公グレーゴルがある朝目覚めたら人間サイズの昆虫に変身していたところから物語が始まります。

ある日突然目が覚めたら自分が昆虫になっていて、家族とコミュニケーションも取れない状況に陥っている。そしてその状況は努力してどうにか変えられるものではない。理不尽な運命に襲われて何もかもをなくしてしまった主人公と彼に頼り切って生活をしていた家族の変化を描いた中編小説です。

執筆されたのは1912年、発表されたのは1915年。

作者のフランツ・カフカはチェコスロバキアのユダヤ人の家庭に生まれ、厳しい父の元抑圧されて育ったようです。

『変身』は家庭内のお話であり、グレーゴルと彼の父の対立も描かれているので、作者の生い立ちを読むと作品とリンクする部分があるなと思います。

 

私がこの作品を初めて読んだのは高校生のときでしたが、それ以来再読していませんでした。あれから30年近く経った今でも大まかな筋と結末を言えるくらい、思春期の私に強烈な印象を残した作品でした。ちなみに、この記事を書くにあたって新しく購入して読みなおしました。細部はいろいろと忘れていましたが、概ね覚えている内容でした。

 

ですが、高校生で読んだときに感じた気持ちと、今回読んで感じた気持ちは、確実に違うと思います。

流石に高校生で読んだときに感じたことまで正確には覚えていませんが、この小説は色んな読み方ができる小説だと今回実感したからです。

 

語り手は一貫して虫になったグレーゴルで、家族の様子を観察して彼らの気持ちを推しはかり、自分の運命について考える…という風になっています。ですが、グレーゴル自身の感じ方や考え方が、段々と虫そのものに近づいていくようにも描かれているので、主人公グレーゴルに共感したまま読み進めていくことは私にとっては困難でした。

そこでだんだんと第三者目線で物語を読んでいくことになります。

すると、家族の目線で生活の困窮やグレーゴルとの接し方についても考えるようになってきます。

突然家族の間にできた亀裂(溝なんて生易しいものじゃありません)に、この一家がとった行動は読む人によって賛否両論あると思います。

グレーゴルが変化した昆虫を何かのメタファーとして考えることもできます。

「逃げることのできない困った状況が理不尽に襲ってきた」という時に、何を考えどう行動するか、読み手に心の奥底をのぞいてみろと突きつけているような気もしないではありません。

 

この小説は私の好きな"心地よい"小説ではありません。

作者の苦悩や葛藤の発露であるのか、居心地の悪い、不愉快な状況におけるお話です。

しかし、読み手に様々な感情を呼び起こさせ、あるいは新たな気づきや深く考えるきっかけを与えるのが文学というものではないかと思います。

この作品は短い小説で、主人公一家の家の中だけでお話が展開していくという、ある意味『ガリヴァー旅行記』とは対照的な作品なんですけれど、内に秘められたパワーがすごい作品だと思います。

最初に書いたとおり、2021年で121刷もされているくらい、長く手に取られている小説です。

おすすめいたします。(*^▽^*)