2022年4月のテーマ
「初心者でも面白かったSFの本」
第一回は、
「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」(上)(下)
ピーター・トライアス 作、中原尚哉 訳、
ハヤカワ文庫、2016年発行
です。
作者は1979年に韓国ソウルで生まれ、幼少期をアメリカで過ごしました。8歳からの二年間は再び韓国で過ごしたそうですが、この時は激動の時代で抗議活動をする学生が逮捕される姿をテレビでよく見、またアメリカから持ってきたニンテンドーのゲーム機で遊んでいるのを家を訪問してきた韓国人の大人にとがめられたことが何度かあったとか。(理由は日本製だから)
この時の体験がこの作品の出発点になったということです。
また、作者は日本のアニメやゲーム文化に多大な影響を受けており、作中でもそれが垣間見られます。
この作品は歴史改変SFで、第二次世界大戦で日本とドイツが連合国軍に勝利し、アメリカは東西で二分されて西側を日本が統治している、という世界です。西側は『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』という国で、大東亜共栄圏の一部なのです。
作品の序章では、アメリカの日本人収容所に入れられていた日本にルーツを持つ人々が看守のアメリカ兵からひどい仕打ちを受けており、それを解放しに日本軍がやってきます。解放された人々は日本人であるとはいえ、アメリカで育ち、生活していた人々。自分たちを解放してくれた日本軍に感謝はしますが、いきなり天皇陛下を尊敬しろ、皇国のために忠誠心をと言われても心は納得できません。しかし、敗戦国アメリカは、その後皇国の一部として天皇への不敬罪や皇国への反逆罪を取り締まる憲兵や特高が権力を持つ社会になっていき、かつての自由な世界は失われます。
それに反抗する旧アメリカの残存勢力と日本軍は戦後40年たっても交戦中、、、というのがこの物語の背景になっています。
主人公の一人、石村紅功(いしむらべにこ)は、かつて日本人収容所に収監されていて戦後解放された父と母のもとに生まれ、軍の検閲官をしていますが、仕事にはあまり熱心ではなく出世も遅い。例えていうなら必殺仕事人の中村主水(なかむらもんど)みたいな昼行燈。
ただし、主水みたいに裏の顔は仕事人ってわけではないんですが、主人公なんで、胸に一物・ここぞというところで発揮してほしい…という個人的願望を抱きながら読んでいたのもあり、こういう例えになりました。昼行燈だけど、体裁は取り繕って仕事してるし、女性関係に力を入れているので軍内部ではともかく巷間では知人による伝手が多い人物です。
もう一人の主人公、槻野昭子(つきのあきこ)は特高(特別高等警察)の課員。六浦賀計衛(むつらがかずひろ)という逃亡したベン(石村紅功の愛称)の元上司を追いかけていて、彼の情報を求めてベンのところにやってきます。ガチガチのエリートで愛国者。汚れ仕事も鉄の自制心でこなしてきますが、ベンと行動するうちに彼女にも変化が起きてきます。
六浦賀将軍を探して捕まえる、というストーリーなんですが、"なぜ彼を捕まえるのか"とか、"ベンと彼の関係はどんなものなのか"と言ったあたりが、少しずつ明らかになっていくにつれ、物語がどう転んでいくのかわからなくて引き込まれました。
明らかになっていくのに先がわからない…というのは矛盾しているみたいですが、ベンと将軍の関係についていえば、序盤のベンの回想から"親しい間柄でかわいがってもらっていた"と言う認識で読んでいたら、その後の回想で"将軍って意外と嫌な奴なんじゃないか?"と思ったり、でも将軍の娘クレアとの回想を読むと"嫌な奴でも将軍のことは信じていたのかも…"と思ったり。
関係としては複雑なんだなっていうことがわかるんだけど、肝心のベンが将軍のことをどう思っていたのかということに対して明言が避けてあるので、最終的にどっちに転ぶんだろうというのが私には見通せず、その分面白く読めました。
物語には巨大ロボットが出てきたり、裏世界のボスが催すゲーム大会に参加したりと映画みたいな展開でサービス精神旺盛だなーと思います。正直、読む前はチャラい(失礼!)ロボットアニメ風な小説かと思っていたのですが、サービス精神旺盛といってもチャラいどころか非常に重いテーマの作品だなと感じています。
反対勢力を力で押さえつけようとする社会や、そんな建前の裏で横行する賄賂を利用して裏社会で金と権力をもつ人々がいること、取り締まる側の人間も一度疑われるとかつての同僚に取り締まられてしまう危うさ、、、ディストピアで生きる人々の選択の厳しさを思い知らされます。
読んでいて考えさせられることも多く、面白い作品でした。
一つだけ私の好きではないところがあったので、そこだけ書いておしまいにしたいと思います。
私は残酷なシーンの描写が苦手です。そこを隠してしまうと臨場感がなくなるということもあるかとは思いますが、苦手なものは苦手です。暴力が横行するディストピアの話ですので、避けては通れないとは思いますが、グロテスクな描写があるシーンも多く、それだけが読んでいて苦痛に感じました。
「思ってたんと違うー」という意味で、読んでみて驚いた作品でした。
三部作らしいので、そのうち続きも読んでみたいと思います。おすすめいたします。(*^▽^*)