2021年9月のテーマ

「空を感じる本」

第一回は、

「スカイ・クロラ」

森博嗣 作、

中公文庫、2004年発行

 

 

です。

 

森博嗣さんは工学博士で大学の助教授時代に作家デビュー。初期の頃は主にミステリー小説を発表されていて、彼の作品は理系ミステリーと呼ばれていました。舞台が大学の工学部だったり、主人公が理系の学生だったりしたことから謎解きのアプローチが"どうやって行われたか"というトリックの技術的な解明に工学的な視点で乗り出す、といったあたりがそう呼ばれた所以かと思います。

私はどちらかというと森博嗣作品はミステリーのものを中心に読んでいて、のちに作者がSF作品を書くようになってからはあまり読まなくなってしまいました。ちょうど、森博嗣さんがSF作品を発表され始めてしばらくしたころに、私がアガサ・クリスティーにはまって海外ミステリーへと読書傾向の比重が置き換わってしまったのです。

 

というわけで、今回ご紹介する「スカイ・クロラ」SF作品なので、シリーズで6作品あるそうですが、シリーズ最初に発表されたこの作品しか私は読んだことがありません。「スカイ・クロラ」は、のちに押井守監督によってアニメ映画化もされているので、私よりも詳しい方がたくさんおられると思います。

そんな中でご紹介しようというのもおこがましいですが、まずはストーリーから。

主人公のカンナミ・ユーヒチは戦闘機のパイロット。新しく配属された基地で新しい仲間たちとの生活が始まりますが、奇妙な違和感を感じます。カンナミの一人称で物語が語られるので、違和感をはらんだまま物語は進んでいきます。ちなみに、彼らは思春期のまま成長しない戦闘機のパイロット"キルドレ"。彼らを通して死とは何か、生きるとは何か、ということを問いかけてくる作品です。

 

この物語では、徹底したカンナミの一人称で語られるため、カンナミが知らないことは最後まで読者にもわかりませんし、カンナミが普通だと思っていることは読者の感覚としておかしいと思うようなことでも至極普通のこととして語られて行きます。なので、謎が多い物語の設定としてはSFなんだけど、ミステリーの要素が濃いのです。そもそも、いつの時代でどことどこが戦争しているのかということもわからない。カンナミが知らないからです。

この手法は、前にご紹介したカズオ・イシグロ氏の作品「わたしを離さないで」と共通している部分があるなと感じます。

主人公は私たちと"同じ"ではない。感じ方や常識がどこか違う。それを認識しながら、読み進めて謎の部分が明かされるのを待つといった感じでしょうか。

 

 

美しい空と基地付近での地上の人々の営みが舞台のほぼ全部となっていて、とても閉じられた空間のお話なのに、空を飛んでいるシーンを読んでいるとなんだかもっと広い世界のお話みたいに感じるから不思議です。

でも一方で、物語に登場する人々は自由とは程遠い窮屈な世界に生きているようにも感じます。

 

美しい青空と生と死と…。秋空を感じながら、この本で哲学的な思索にふけってみてはいかがでしょうか。

ちなみに映画もよかったですよー。映像である分、より空を感じられると思います。どちらもおすすめいたします。(*^▽^*)