2021年2月のテーマ

「名作!海外文学」

第三回は、

「日の名残り」

カズオ・イシグロ 著、土屋政雄 訳、

ハヤカワepi文庫 2001年発行

 

 

です。

 

ノーベル文学賞を受賞した作家、カズオ・イシグロ氏の名作。

1989年に、イギリスでその年に出版されたうちで最も優れた長編小説に贈られる"ブッカー賞"を受賞した作品です。

アンソニー・ホプキンズ主演で映画化もされています。

私はまだ観ていませんが、いつか観たいと思っています。

 

主人公のスティーブンスは、とある御屋敷の執事をしています。

1956年の夏、彼は主人に提案されて休暇旅行に出ることになります。

一人でイギリスの田舎をドライブする旅路で、彼はそれまでの人生を振り返ります。

戦前と戦後で大きく変わっていった英国。

その間に屋敷も様変わりし、彼を取り巻く環境も変わっていきました。

社会の大きな変化は、スティーブンスが思い描いていた未来とは違った人生に彼を導き、そんな人生を振り返った彼は自問自答することになります。

 

スティーブンスは真面目な人物で、執事という仕事に誇りを持っています。

自分が正しいと信じた道を邁進し、たとえ思う通りの未来ではなかったとしても、最善を尽くそうとしてきたと私は思います。

そんな彼でも、ふと立ち止まって過去を思い出した時、「あの時の選択は正しかったのだろうか」「もし違う選択をしていたら、どうなっていただろうか」と思う瞬間があるのです。

 

心の旅を通じて、彼がどのような終着点に行きつくのか…全体としては静かな物語ではあるのだけれど、激動の時代を描いてもいるので、私はとてもドラマティックな作品だと感じています。

 

あらすじだけを乱暴に一言でまとめてしまうと、『主人公がノスタルジーに浸りながら一人旅する話』ということになるけれど、主人公の内面の旅は表面からだけではわからないわけで、こういう小説はあらすじから実態を表現するのが難しいなと思います。

ですので、是非とも読んで自分の目で確かめていただきたい。

そんな小説です。

 

ちょっと話がそれますが、私にはついついこの小説と比べてしまうある小説があるのです。

それが、

 

・「春にして君を離れ」

 メアリ・ウエストマコット 著

 

です。

というのも、「春にして君を離れ」も主人公が旅行中に人生を振り返るお話なんです。

こちらの主人公ジョーンは一人旅の途中に砂漠で列車が立ち往生してしまい、何もない砂漠で何もできない状況に陥って初めて自分の人生を振り返ります。

ジョーンはいつも忙しくしている英国夫人で自分が正しいと思った道を進んできた人。

自分が間違っているかもと疑ったことなどない人です。

それが砂漠の真ん中で人生を振り返り、今まで感じたことのない気持ちが沸き起こります。

 

小説の仕掛けとしては「日の名残り」とよく似ています。

でも、この二つの小説は物語も結末もまるで違います。

主人公の性格や立場が全然違うので、それも当然なのですが、人生を振り返るという行為は自分が信じていた「正しさ」に迷いが生じることは共通していても、そこから何が生まれるか、また生まれないかは人によって違うのだなあと思わずにはいられないのです。

 

ちなみに、メアリ・ウエストマコットとは、アガサ・クリスティーの別名義のペンネームです。

ミステリーではない作品では、この名前を使っていたそうです。

ご興味ある方は、「春をして君を離れ」と読み比べてみてはいかがでしょうか。

どちらもおすすめいたします。(*^▽^*)