2019年6月のテーマ

「初心者でも面白かったSFの本」

第一回は、

「華氏451度」(新訳版)

レイ・ブラッドベリ 作、伊藤典夫 訳

早川書房 2014年発行

 

です。

 

華氏451度。この温度で書物の紙は引火し、燃えます。

日本では、温度を表すときに、水が凍る温度を0度、沸騰する温度を100度とする「摂氏」という単位で表していますが、アメリカでは「華氏」という単位で温度を表しています。

ちなみに「華氏」は、水が凍る温度を32度、沸騰する温度を212度とする単位です。それ以上のことはお恥ずかしながら、私にはさっぱりわかりません。

 

タイトルのもつ意味の通り、この本は「焚書」が行われている社会の物語です。

「焚書」とは読んで字のごとく、本を焚く、つまり本を燃やすことです。

秦の始皇帝が行った「焚書坑儒」や、ナチスの行ったものが有名ですが、要は、"社会にとって害悪となる本は燃やしてしまう"ということ。

言い換えれば、施政者(政府や支配する側)にとって不都合なことが書いてある本を"社会の害悪"と位置づけて読めなくするということです。

本好きの私には、到底受け入れられない暗黒の世界です。

 

この本がアメリカのSF作家、レイ・ブラッドベリによって書かれたのは、1953年。

ラジオやテレビが出現し、人々の暮らしに浸透していったころのことです。

こうしたメディアに偏重しすぎることへの警鐘と受け取れる作品でもあります。

 

主人公のモンターグは"ファイヤーマン"。英語では"消防士"を指す言葉ですが、この物語では、本を焼く職業を指します。

新訳版のこの本では、"昇火士"と翻訳されていましたが、初めて読んだときは新訳版ではなかったので別の訳がついていたように記憶しています。

このネーミングセンスにも、皮肉が込められていますよね。

 

この物語の舞台はアメリカ。人々は《巻貝》といわれるイヤホンを耳に入れ、のべつまくなし放送を聞いています。リビングルームの壁は大きなモニターになっていて、ひっきりなしに映像が流れ、ニュースや娯楽映像のほか、そのモニターを使ってほかのユーザーと会話できるようになっています。

会話といっても、娯楽のことばかり。台本を元に、モニター越しに台詞を言い合ったりしています。

この社会では、メディアが与えるのは娯楽やショウばかりで、大衆は考えるということを放棄するように仕向けられているのです。

 

その結果、人々は、わずらわしいこと、不愉快なことを考えなくてすむことが幸福だと信じ込んでおり、そういったことを一切排除しようとしています。自分の話したいことをべらべらしゃべって人の話は聞いていない、他人に無関心、外で起こっている何事にも感動すらしない。イライラしたら猛スピードで車を走らせたり、レクリエーション施設で物を叩き壊したりして発散する。

何とも恐ろしい社会です。

 

そんな社会で本が危険なものとみなされているのは、人々に考えるということをさせてしまうから。

本に魅かれ、隠し持って読んでいる人は国家反逆罪。

反逆者を取り締まる側の人間であったモンターグは、ある時風変わりな少女クラリスに出会って、自らの頭で考えることをはじめ、自分が幸福でないと感じていることに気づきます。

 

未来のディストピアを描いたSF小説らしく、ロボット犬や壁一面のスクリーンに囲まれたリビングルームなどが出てきますが、作中にはシェイクスピアや聖書の引用が出てきたり、混乱するモンターグの心理描写などが描かれており、非常に文学的な作品だと感じます。

個人的には、派手なアクションやジェットコースターのような展開の作品ではないにもかかわらず、あっという間に読んでしまいました。

ちょっと難解に感じる文もありますが、そんなことよりも、「物を考えなくなってしまうことの危険」「幸福とは何か」といったことを考えさせられるストーリーは、大変魅力的です。

 

今の世の中、ラジオやテレビのみならず、インターネットからも日々娯楽が提供されています。

スマホやタブレットにゲームを入れていない人がどのくらいいるでしょうか?

(私も入れています。)

 

本を読む人が少なくなった、というのは事実です。

以下、以前齋藤孝さんの本を読んで感銘を受けた意見を私なりにまとめます。

(原本がどれかわからないので脳内で変換されている部分があると思われます)

 

娯楽の本、というものはもちろん存在しますが、本の価値は、作者の一貫した主張で書かれているということ。途中で読むのを止めて考えることができること。娯楽の小説だって例外ではありません。

作者が深く考えて書いたものと表面をさらっと撫でただけのものとでは、読んで得られる物が違うのは、ネットの記事でも本でも同じ。

でも本というのは、ある程度きちんと自分の主張をまとめることのできる能力のある人が書いている物が圧倒的に多いのです。

ボリュームも、ネット上の記事とは比べ物になりません。

 

この意見に完全に同意しています。

だから、私は本を読む人を増やしたいと思っています。

 

調べ物をするにはネットはとても便利。

作業しながらトークや音楽が聞けるラジオは素晴らしい発明だと思っています。

こちらが求めているいないに関わらず情報を流し続けるテレビだって、そのおかげでこちらから働きかけなくても大切な情報を知ることができるツールですし、リアルタイムでスポーツの試合を家で観られるというのは、スポーツ好きの人にとってはありがたいはずです。

 

メディアと上手に付き合いながら、本からも情報を得たり、感動したり、想像力を働かせたり…両者のいいところを取り入れて、どちらかが極端に廃れることのないような社会であってほしいなと思います。

 

というわけで、アメリカでは超有名だというこの作品。ぜひおすすめいたします。(*^▽^*)