2018年12月のテーマ

 

クリスマスにはクリスティーを!

第四回は、

「杉の柩」

アガサ・クリスティー 著、恩地三保子 訳

ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 2004年発行

 

 

です。

 

ポアロ物には珍しい、舞台を法廷とする物語です。

貴婦人エリノアは幼馴染で遠縁のロディーと婚約しています。彼女はロディーを激しく愛しているのですが、そうした素振りを表に出しません。感情を表に出すことがはしたないという本人の価値観もありますが、ロディーが女性から愛されると逃げ腰になってしまうタイプであるので、ロディーに嫌われたくない気持ちが強いのです。

ところが、病身のおばの見舞いに二人で出かけた際、おばの付添であるバラの花のように可憐なメアリィにロディーが一目ぼれ。

二人は婚約解消してしまうのです。その後、メアリィを不幸が襲い、エリノアが逮捕されてしまいます。

果たして恋の終わりが事件へと発展してしまったのでしょうか?ポアロが事件の真相に挑みます。

 

この物語は、周囲の人間がエリノアの心中がわからない、というところにポイントがあります。

エリノア自身は外に向けては語らなくとも、心の中でいろいろと思いめぐらしますので、読者はある程度彼女の心中を追っていくことができます。ところがそれは、エリノアの言い分であって、客観的な事実ではないので、読んでいる方は彼女の言い分について吟味しなくてはなりません。

一方で、ポアロたち登場人物には、彼女の考えは全く分からないので、こちらはこちらで五里霧中で捜査を行います。

法廷で審議中、ということもあり、ぐずぐずとしてはいられないので、ハラハラしながら読み進められると思います。

また、ストーリーが秀逸です。

 

もう一つのおすすめポイントが、エリノアの恋が切なすぎる!ことです。

ロディーという男性は、取り立ててハンサムでも、突出した才能があるわけでも、エリノアと特に気持ちが通じ合っているわけでもないのですが、エリノアにとってはただ一人の愛する男性です。それも激しい愛情を抱いています。

ロディーの方は恋愛感情が希薄だなということが、読み始めてすぐにわかるので、エリノアの心情を追いながら読むと、切なくてたまらなくなります。

捜査の行方とともに、エリノアの心の傷が気になるところです。

 

ポアロ物の作品、ことに長編では、恋愛感情のもつれについて、関係者の心中をじっくり書いているものがたくさんあるので、ミステリの謎解き要素以外で楽しめてしまうのですが、「杉の柩」のエリノアは私の中で一押しの悩める美女です。

どうぞ一度、この作品を手に取ってみてください。

凛とした貴婦人の、心の一番弱い部分を垣間見ることができます。

そしてそれは、あなたの心を揺さぶるのではないかと思います。(*^▽^*)