先日のファンクラブ・バースデーパーティー。
終わって数日経った今でも、あの夜のことを思い返しています。
なぜ、あんなにも心に残る時間になったのだろう。
その理由を考えていたら、自分の原点にたどり着きました。
私が「人と違う企画」を考えるようになったのは、1991年、FMヨコハマへ入社した頃からです。
それまでは、どちらかと言えば保守的な人間でした。
決められたことをきちんとやる。
世間一般の常識を大切にする。
そんなタイプだったと思います。
ところが、FMヨコハマへ入社してから、考え方が大きく変わりました。
30歳までに頭の中へ蓄積してきたアイデアが、一気にあふれ出した時期だったのです。
「他ではやっていない企画を作りたい。」
そんな思いばかりが膨らみ、深夜番組を中心に、次々と新しい企画を提案していました。
私のラジオ人生の原点は、「丸井24クラブ」というDJミックス番組です。
当時、どこの放送局も編成していなかった、まさにパイオニア的な番組でした。
その番組に憧れてFMヨコハマへ入り、運よく担当することになったことが、私のスタートでした。
一方で、DJとして立っていた現場は横浜・サーカス。
毎回約1,000人のお客様が集まり、ブラックミュージックが鳴り響くダンスフロア。
街にもソウルやR&Bがあふれていました。
ところが、ラジオではロックやニューミュージックが中心。
「現場ではこれだけ愛されている音楽が、なぜ放送ではほとんど流れないのだろう。」
その疑問が、私の企画づくりの原点でした。
ソウル。
R&B。
ヒップホップ。
なかなか企画は通りませんでした。
それでも提案を続けました。
やがて90年代R&Bブームが訪れ、「ブラックミュージックなら押阪に聞け」と言っていただけるようになりました。
振り返ると、あの頃から私のモットーは変わっていません。
「人がやっていないことに挑戦する。」
今回のファンクラブ・バースデーパーティーも、その延長線上にありました。
普通なら、誕生日の主役は本人です。
でも今回は違いました。
主役は、ファンクラブメンバーの皆さん。
私は進行役。
皆さんにスポットライトを当てる企画でした。
正直、前日までは不安でした。
成立するのだろうか。
楽しんでいただけるのだろうか。
ところが、幕が開いた瞬間、その不安は一気に吹き飛びました。
笑いあり。
拍手あり。
感動あり。
皆さん一人ひとりの人生や想いに触れ、「こんなにも素敵な仲間に支えられているんだ」と、改めて実感しました。
企画というものは、「変わっていること」が目的ではありません。
その企画で、人が笑顔になれるか。
人と人がつながれるか。
そこに意味があるのだと思います。
FMヨコハマ時代から続いている「逆転の発想」。
その精神は、ラジオでも、イベントでも、テレビでも、そしてファンクラブでも、ずっと変わりません。
これからも、スティービー・ワンダーのような尽きることのない創作意欲。
そして、現場で感じたことを何より大切にする現場主義。
この二つを胸に、新しい企画を生み出していきたいと思います。
人と違うことをするためではなく、
皆さんに、まだ見たことのない景色を届けるために。