自由気ままな下手くそ小説 ~第二弾 マーチングバンドが舞台 「見えない手と手」~ -3ページ目

第164章―変わりなく?

 千尋と秀樹の仲がこじれても、世の中は変わりなく動いている。それはここ、秀学館中学校の第二音楽室も同じだ。

 窓の外はもう夜色。煌々と光を放つ蛍光灯の下には、トロンボーンを肩に乗せた一彰と、ピンク色のクロスを片手にたくさんの楽器と向き合う千香の姿があった。

「ふわぁ……ねむい。」

 使用していない保管楽器の手入れという終わりが見えない作業と、となりから聴こえてくるトロンボーンのやわらかい音が、千香の眠気を誘う。

「ね、ねぇ皆川……。スケールばっかりじゃなくて、曲吹いてくれない?」

「……嫌。」

 一彰からは予想通りの返事。まぁ、毎日の練習メニューを、他人が眠くなるからなんて理由で変えられないのは分かっている。仕方がないので首をブンブンと振り回して眠気を飛ばし、千香は再び楽器の手入れをし始めた。途中、何度もポリッシュまみれの手で目を擦りそうになりながら……。


 「ね、ねぇ……皆川。子守唄はやめて……。」

「……嫌。」

 あれから三十分ほど経っただろうか。一彰の練習は教則本の後ろの方に差し掛かっていた。ここにはたくさんの練習曲が書かれていて、一彰はその中の子守唄を何度も繰り返し練習していた。

「うぅー……拷問だよこれは……。て、てか、あんたも楽器の手入れ手伝いなさいよ!!」

 すくっと立ち上がり、一彰を指差し叫ぶ千香。一彰は練習しているんだから、自分一人で頑張ろうと最初は意気込んでいたものの、やっぱりちょっと辛かった。

「おっ、やっと助けもとめてきた。」

 そんな千香の顔を見て、一彰はそう呟いた。そしてトロンボーンを静かに床に置くと、千香の方に歩み寄る。

「あ、あれ……案外あっさり?」

 一彰の行動に、千香は目を丸くした。どうせまた一言、「嫌。」と言われるんだと思っていたのだが。

 ……けれどもそこはやっぱり一彰、このままで終わるはずが無い。一彰は床に落ちていたクロスを拾うと、千香をまっすぐ見つめてこう言った。

「手入れ終わったら、付き合ってくれ。」

「……えっ、は、はぁ?!」

 と、突然の告白?!予想外の出来事に、千香の顔はみるみる赤くなる。足元にあったトランペットを危うく蹴り飛ばしそうになった。

「な、なんで、何で手入れが終わったら!?てか、なんであたしがあんたと付き合わなくちゃいけないのよ!!」

 なんなんだこいつは、なんでこんな事をけろっとした顔で言えるんだ!!

 で、でも、一彰の事は嫌いじゃない……。変わり者だけど真面目だし、やさしいし、む、むしろ……・。

「えっ、えっと、ちょ、ちょっと待ってよ……。な、なんで付き合わなくちゃいけないのよって言ったけど、そのえっと、待ってね、混乱してる……。」

 千香の頭の中はぐっちゃぐちゃ。もう、何がなんだか分からない。額からは変な汗まで出てきた。

 何で自分は迷っているのだ……。こんな変な奴の事なんて、好きになるはずないのに。なんで、まんざらでもないみたいな気持ちになってるんだ?!

 千香がおどおどしていると、一彰が更に質問をかぶせてきた。

「いいのか?駄目なのか?いつもみたいに和音練習に付き合ってもらいたいだけなんだが……。」

 えっ、今何と?和音、練習って?

『は、はぁーーーー!?!?』

 千香のその叫び声は、音楽室の防音扉をも突き破って、夜の校舎に響きわたったのだった。


つづく