世界の平和

 

 

 

「子どもの権利」について世界史を紐解きはじめています。

 

戦後、日本でも憲法に取り入れられた「基本的人権」。それは、欧米諸国の人たちが何百年という長い長い時を経て導き出した、世界が平和になるために必須な、ひとりひとりの人を尊重する、大切な存在であることを認めあうための哲学です。

 

そして、「基本的人権」をより確かなものにするためには、「子どもの権利」が大事であることを、欧米諸国の人たちを中心に、世界に浸透していっています。

 

 

 

これが、広く深く浸透していったとき、人間は大きな飛躍をとげ、世界の真の平和に近づいていくと願い、「子どもの人権」という意識が生まれるまでの、ヨーロッパにおける世界史について調べています。

 

今日は、世界の人々の子どもへの「愛」「愛情」の世界史もみていきたいと思いました。

 

 

  子どもを愛する気もち、愛し方の世界史

 

 

子どもへの愛のカタチ

 

 

「子どもを愛する心」は、古代からどの文明にも、社会にもありました。

 

考古学・人類学の研究からも、「子どもの埋葬に副葬品を入れる」「骨折した子を長期間介護した痕跡」「玩具のような遺物」が、古代から世界中に見つかっています。


しかし、「子どもへの愛」は文化によって形を変え、ときに子どもを支配することが愛になり、ときに子どもを犠牲にすることを正当化し、ときに子どもに沈黙を強いたといいます。

 

「何を愛と考えるか」
「どう愛するのが正しいと信じられてきたか」

 

愛のカタチ、愛の型をどうすればよいのか、人類は人を育てる中で模索し、親たちはいつの時代も葛藤したと思います。

子をもつ親たち、子どもを育てる役割のある先生たちは、子どもと真剣に向き合い培い、失敗も成功も含め積み上げてきました。

 

「子どもを愛する」「子どもを可愛いと思う感情」は、古代から人類普遍のものでした。ただ同時に、

・高い乳幼児死亡率
・労働力としての必要性
・家制度・身分制度
の中で、
「愛」と「厳しさ」「支配」が常に混ざり合っていたそうです。

子どもに対し、支配的になる社会
「中世には子ども愛がなかった」と言われるそうですが、これは半分誤解とも言います。確かに、乳幼児死亡率が高いことで、早くから働かせる、大人と同じ服装にする支配することが正当とされた文化がありました。

しかし、子どもを失って嘆く記録、子守歌・祈り、聖母マリアと幼子イエスの崇敬が大量に残っています。



愛はあったが、「子ども期」という概念が弱かった時代だったようです。

その愛の形を、
「神に委ねる愛」
「生き残ったら育てる愛」

だったとも言います。

 

 

 

 

 

 

そして、近代に起きた最大の革命は、

「子どもを愛する」から
「子どもの権利を認める」へ

という転換であったと、ヨーロッパの世界史は伝えてくれています。


これは、
愛だけでは足りないことを、人類が学んだ結果なのだそうですが、子どもへの愛の意味のなかに、子どもの権利という思い方、も入ってきたのかな、とも思います。




 

 

近代ヨーロッパから「子ども」を尊重する思い方が生まれる

 

 

近代ヨーロッパの産業革命以後、さまざまな物が社会にいきわたるようになり、印刷の技術が発展したことで、物だけでなく、古代から存在する哲学や思想が民衆にも広がるようになりました。

 

 

産業が発達することで、自然が少しずつ破壊されていったという事実もありますが、ヨーロッパの人々の「思い方」「考え方」を変えていくことにもなったのですね。

 

 

 

子どもへの思い方、愛について、決定的な転換が起きたのは、17〜18世紀といいます。

ここで初めて、ルソーをはじめ、さまざまなヨーロッパでの革命の中で、

「子どもは、大人とは違う存在」
「子ども期には固有の価値がある」

という思想が登場します。そこで、浮上したのが、

・体罰への批判
・子どもへの教育の重要視

でした。

 

「感情としての子どもへの愛」+「教育」が結びつき、

愛のカタチが、「育てる愛」から「尊重する愛」へと転換がおきました。


 

さらに、さらに、ヨーロッパでは「権利の主張」の流れがありましたよね。

 

・最初は、民の平等、民の権利の主張

 でも、最初は、「民」は男性が主でした。

 

・その後、男女平等という考え方。女性の権利が芽生えます。 

 

・その後、「子どもの権利」と社会が動いていきました。

 それは、20世紀、特に戦後に起きた欧米で起きた、最大の変化だったといいます。
 

それまで世界中で、「子どもは愛される存在」でしたが、「子どもは権利を持つ存在ではなかった」。

 

 

 

権利を持つ とはどういうこと?

と思われる方もいるかもしれません。

・児童労働の禁止

・人身売買
・体罰の否定
・意見表明権 
・最善の利益

などが、法律、条約で掲げられている内容です。なぜかというと、
 

 

 

愛だけでは守れない現実があり、「愛を制度に変える」必要が出てきたからだそうです。

 

たしかに日本でも、世界でもニュースをみると、子どもをめぐる、さまざまな事件が後をたちません。

 

 

 

 

男女平等についても何百年とかかっていて、女性の首相が世界に現れるのは、近年ですよね。

 

 

 

 

平和に向かい、人類が歩んできた、長い長い世界史。

平和と口にするのは、すぐ出来ても、実現に向けて、私たちの魂たちが、何世代、何十世代とかけて、協力しあって積みあげているんだよな、と思いました。

 

 

 

 

 

 

    

世界の平和

 

 

世界が目指す平和とは何だろう。

 

 

ふと、思った問いから、

その代表的なものが「国連憲章」であること。

国連憲章が掲げているものの一つに「基本的人権」があること。

基本的人権を育む上で大事になるものが「子どもの権利条約」であると、つながっていきました。

 

 

基本的人権とは、人間どうしお互いを尊重しあうことです。その結果として、人はともに成長していきます。

人間は、子どもから大人になっていくので、その基本的人権を育む土台となっていくものが「子どもの権利」ではないでしょうか。

 

 

長い歴史の中で、子どもは大人にとって、大人に従う存在として扱われてきました。

言いかえると、子どもは、下等という思い方が人々にあったのです。

 

その思い方を変えていく動きが、ヨーロッパで起こりました。

 

 

世界史の中で、ヨーロッパでは「人として生きること」について、何百年もをかけて培ってきました。その世界史を調べれば調べるほど、世界史を知ることは、私たちが、真に平和になっていく、子どもも大人もともに、幸せになっていくために、必要なことだと思うようになりました。

 

 

 

中世の終わりから近世にかけて「人として生きること」について、大きく変わる動きが起きたのは、「ルネサンス」と言われる時代でした。

 

 

14世紀後半から16世紀にかけて、ヨーロッパでは「ルネサンス」という動きが起こりました。イタリアからはじまり、16世紀にはヨーロッパ全土に広まりました。

このルネサンスの時代に、人はまだ平等とは考えられていませんが、

神だけが中心だった考え方から、
人間もまた、価値ある存在だと静かに言い始めた運動

が、ヨーロッパの人たちに「人間の尊重」という思い方が育っていたのです。

 

詳細は、こちらのブログに書いています。

 

 

 

そして、のちの

  • 宗教改革(16世紀)

  • 啓蒙思想(17~18世紀)

  • 人権思想(17~19世紀)

  • 子どもの権利(20世紀)

へと、長い時間をかけてつながっていきました。

子どもの権利まで到達するには、14世紀(1300年代)から数えると、600~700年くらいかかっているのですね。

 

 

 

今日は、16世紀にヨーロッパで起こった宗教改革について、一緒にみていきましょう。

 

 

 

 

 

  宗教改革が、世界史的に基本的人権に向かう流れにもたらしたもの

 

 

世界史において、16世紀の宗教改革は、16世紀最大の出来事とされています。

では、一体、何が起きたのでしょうか?  

 

===============

1517年、ドイツ人であるマルティン・ルターが 

「免罪符」を批判したことをきっかけに、 

・カトリック教会の権威が揺らぎ 

・プロテスタント(新教)が誕生

================

これが、16世紀に起こりました。

その出来事が、なぜ基本的人権につながっていったのでしょうか。

 

まず、ルターが批判した「免罪符」とは何か、なぜ「免罪符」を批判したのかを知ることで、つながりが観えてきます。

 

 

● 免罪符とは

 

中世ヨーロッパでは、人は

  • 罪を犯す

  • 死後、煉獄(れんごく)で罪を清める

  • その後、天国へ行く

と信じられていました。

煉獄とは、カトリック教会の教義で、死者が天国へ行く前に罪を清める場所です。

煉獄での苦しみの期間を短くする方法として登場したのが、免罪符です。

 

しかし、もともと免罪符は、

  • 真剣な悔いあらため

  • 教会が定めたつぐない(祈り・巡礼など)

を前提に、教会が「罰を軽くする」と認める証でした。「罪そのものを消す」ものではなかった、のです。

 

 

ところが16世紀になると、

  • 教会の財政難

  • サン・ピエトロ大聖堂の建設費

などの理由から、お金を払えば、罪が軽くなる。亡くなった家族も救われる。

という形で、「免罪符」が「売買」されるようになったのです。

 

有名な宣伝文句として、

「銀貨が箱に落ちる音とともに、魂が天国へ飛び立つ」

という言葉が、あったといいます。

これは、救いがお金で買えるという状態でした。

 

 

 

私の感想ですが、この、ヨーロッパの教会の歴史を知ると、現代の日本でも起きている、新興宗教や、宗教でなくとも、幸せはお金で買えるという考え方と似たようなものがありますね。

 

 

では、話をヨーロッパに戻します。

その時代に現れたのが、ドイツのルターでした。

 

 

 

 

 マルティン・ルターが行ったこと

 

ルターは、カトリック教会の神学者で、修道士、聖書研究者でした。

学者として学んでいたルターが問題にしたのは、

 

 人は何によって救われるのか?

 

ということでした。そして、学問的・神学的な問いかけとして、

  • 免罪符の販売を批判

  • 教会のあり方を問い直す

ことを行いました。

 

 

ルターの考えは、主に3つでした。

  1. 信仰のみ(Sola Fide)
     人は、行いや金ではなく、神を信じる信仰によって救われる

  2. 聖書のみ(Sola Scriptura)
     教会の解釈ではなく、聖書そのものが最終的基準

  3. 万人祭司
    神と人の間に、特別な仲介者はいらない

 

この3つの主張により、人々にどのような改革、革命をもたらしたのでしょうか。

 

 

<1つめのルターの「信仰のみ」が、人々に与えた影響>

 

「救いは、外から与えられるものではなく、個人の内面の信仰による」

とルターが主張したことにより、


国家、教会、権威によって個人の良心を支配できない」という考え方が生まれました。中世のヨーロッパから続く、「教会に従うことが正しい」という教えから、

 

宗教改革後は、

自分の良心で考え、神の前に立つ

「自分の行為に、自分で責任を持つ個人」
という概念、考え方が生まれたのです。

 

 

 

<2つめのルターの「聖書のみ」が、人々に与えた影響>

 

ルターが、聖書をドイツ語に翻訳したことで、

民衆が、聖書を「自分で読み」「自分で考える」ようになりました。

 

 

ルターが聖書を翻訳をするまでは、ヨーロッパでは聖書は「ラテン語」で書かれていたのです。ですから、聖書を読めることができたのは、教会や王族、貴族などの限られた権威のある人たちのみでした。

 

民衆は、聖書を読めない、聞くだけだったのです。

 

ルターが、誰でも読める言葉に翻訳したことは、人々への「神の言葉は、特権階級のものではない」というメッセージとなり、
教会は「解釈する側」
民衆は「従う側」

という形が、少しずつ崩れていきました。



ルター以降、ヨーロッパ各国でも、聖書をその国の言葉に翻訳する人が現れ、ヨーロッパの民衆たちは、聖書を自分で読み、自分で考え、自分で問い直すこととなり、
このことが、「思想の民主化」の始まりとなりました。

 

 

そこから、教育の発展、市民の意識の向上、権利という意識へという世界史の流れにつながっていったのです。

 

 

 

<3つめのルターの「万人祭司」が、人々に与えた影響>

 

 

万人が祭司、すべての人々が「祭司」であるというは、びっくりする主張ですね。ヨーロッパの人々は、目からうろこで、ひっくりかえったのではないでしょうか。

 

この考えは、

神の前では、王も農民も同じ人間、という発想でした。

 

 

この発想が、のちに、「法の下の平等」「身分制度の批判」へとつながっていったのでした。

 

 

 

 

 16世紀の「宗教改革」から「人権」へのつながり

 

 

日本人である私たちは、ヨーロッパで起きた16世紀の宗教改革について、世界史や歴史の授業で少し聞く程度かと思います。

 

この宗教改革で、カトリックから、プロテスタントが新たに生まれています。

簡単な違いを知っておくのも大事かと思いますので、書いておきますね。

 

カトリック

・教会を通して神に近づく信仰

 

プロテスタント

・個人が、直接、神と向きあう信仰

 

だそうです。どちらが、正しい、正しくないかは、ここでは問いません。プロテスタント的な考え方が民衆に広まったことで、社会は大きく動いていきました。

 

 

 

 

その中のひとつとして、宗教改革は、直接「人権」を語ったわけではありませんが、決定的な「人権意識」への土台をつくりました。

 

宗教改革が人権史に残した最大のものは、
「人は、誰かに代わって信じてもらう存在ではない」
という考え方です。

これは、子どもも、大人も、身分の低い人も、高い人も、一人の人間として尊重されるという発想の、遠い源流になっています。

 

 

 

 

 

 

 

師匠から、「平和」に向かうには、世界史、世界の哲学をわかっていなければならないと、教わりましたが、こうやって歴史をたどっていくと、

 

また、魂が、輪廻転生するならば、

傷を癒すこと、意識を変えていくことに時間がかかること、

傷をみること、新しい考え方に抵抗する、みようとしない人がいることも、人間の長い歴史、魂の歴史、魂の傷を思うと、うなづけます。

 

 

 

 

 

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世界の平和

 

 

ねいねい。お母さん。

ねいねい。お父さん。

 

その問いに、両親は「なあに?」と、いつも応えてくれただろうか。

 

 

 

そして、両親の、お父さんとお母さんは、

 

ねいねい。お母さん。

ねいねい。お父さん。

 

という問いに、「なあに?」と、いつも応えてくれていたのだろうか。

 

 

 

昨年、仕事で行き詰まりを感じ、

久しぶりに、長い期間、自分自身をみつめる時間をとりました。

 

 

 

 

普通の日常はおくれているものの、前に進めない何かが立ちはだかり、それが何かがわかりませんでした。

 

何度も自分に問いかけて、わかったことは、ブログの冒頭に書きました、子どもの頃の親との関係からくる心の傷が、何かしら影響を与えている、ということでした。

とはいえ、親との関係については20~40代のときに心理的には整理をつけているし、まだわだかまりが心身ともに残っているのかな? おかしいな?と、自分に問いかけてみたとき、どうも、今世の親だけでない感じがしてきました。

 

 

 

そんな時に、気になって手に取った本が、こちらの本「子どもの権利条約」でした。

そして、読んで、納得しましたニコニコ

 

 

 

この本に書かれている、

 

「ねいねい。お母さん。

 ねいねい。お父さん。

 

 その問いに、両親は「なあに?」と、いつも応えてくれただろうか。」

 

 

と、振り返ってみたときに、

「今世だけでなく、いくつもの過去生で受け入れてもらえなかったことが、傷として残っていたんだ。

そして、自分は両親からの愛を信じることができず、自分を愛せなくなり、

結果として、何か引き金となる出来事があるだびに、こんな自分はダメだと「自分を愛することができない」と自動的に反応し、思考停止、止まってしまうパターンにはまってしまうんだ。」

 

 

ということに気づきました。

 

 

 

 

 

子どもは、そのまんまの自分を両親に一番に受け入れてもらいたい。だけど、

受け入れられなかったとき、自分でない自分を演じるしかないんですよね。

 

 

 

そして、だんだんと、子どもは自分のことがわからなくなる。

自分でない自分を演じ続ける。そのストレスが、さまざまな負の現象を引き起こしてしまうのでは、ないだろうか。これは、幾世代にもわたり、この地球の多くの人間に起こっていることではないだろうか。と思い、「子どもの権利」について世界史を紐解きはじめています。

そして、「子どもの権利」が世界の多くの人々に浸透していったとき、人間は大きな飛躍をとげ、世界の真の平和に近づいていくのではないだろうか。

 

そんな仮説を立てまして、いろいろ調べていますニコニコ

 

 

 

 

子どもの権利条約に関する世界史は、今のところ、16世紀までブログに書きました。

 

 

 

 

 

次のブログは、次は、17世紀以降について書きます。

 

 

 

 

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世界の平和

 

前回のブログまで、「子どもの権利条約」ができるまでの世界史について調べたことを紹介してきました。前回は、中世から近代のはじめ、16世紀くらいまでの話をしました。

 

今日は、その続きをと考えていたのですが、

そういえば、「子どもの権利条約」にどんなことが書かれているか、具体的な話をしていなかったことに気づきましたびっくり

 

 

 

ですから、今日は、「子どもの権利条約」の中身について、お話しをしていきます。

参考にしている資料は、こちらの「子どもの力を伸ばす 子どもの権利条約ハンドブック」で、この本に書かれていることを紹介していきますニコニコ

 

 

 

子どもの権利条約で、もっとも大事にしていること

 

「子どもの権利条約で、もっとも大事にしていること」は何だと思いますか。

 

それは、このブログのタイトルにも書きました、

 

愛される権利

 

です。

これは、子どもの権利条約の基本中の基本の権利なんです!

 

 

 

 

 

 

 

 

知っていましたか?

 

 

 

私は、知りませんでした。

子どもには、そして、人には、愛される権利があるなんて、考えたこともありませんでした。

 

といっても、愛される権利があるから、好きな人に「私には、愛される権利があるから、愛してよ! 愛するべきだ!」と言い寄ってもいい、ということではないようです。

 

 

 

子どもの権利条約は、ヨーロッパ、アメリカで何百年という長い長い歴史の中で育ってきたものです。

日本に「国民の権利」という考え方が導入されたのは戦後です。女性の権利でさえも、男女ともに抵抗があったけど、少数の頑張ってくれた女性たち、少数の受け入れてくれた男性たちが存在したことで、少しずつ少しずつ国民が変わってきました。そして、昨年、はじめて日本にも女性の総理大臣が誕生しました。

 

同じように、子どもの権利は、日本人にはなじめないものがあるかもしれません。それゆえに、日本の教育、学校という現場には、なかなか浸透していないのが現状です。

 

 

 

 

では、あらためて「愛される権利」とは何でしょうか。

 

上記の本「子どもの力を伸ばす 子どもの権利条約ハンドブック」には、「愛される権利」について、次のように伝えています。

 

 

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「子どもの権利条約」では、いのち、生命の安全や差別をされないことを大前提にして、子どもにとって大切な価値(権利)は、次の3つをかかげています。

 

① ひとりの人間として尊重される(尊厳の保障)

② 子ども時代を楽しく豊かにすごす(成長の権利)

③ 自分らしさと思いやりのあるおとなへと大きくなること(発達の権利)

 

 

 

子どもは、「ねいねい」と呼びかけたとき、「なあに?」と自分に向き合ってもらう、向き合ってもらいたい、という本能的な力(愛着行動)をもっています。

 

この子どもの声に応えて(こたえて)、お父さんやお母さんなど身近なおとなから、そのまま受け入れられ、安心感や生きる元気などをもらうこと、すなわち「愛される」ことによって初めて、上記の①②③の権利の実現が可能になるのです。

ゆめみる宝石ゆめみる宝石ゆめみる宝石

 

 

 

読んでみていかがだったでしょうか。

 

 

 

 

 

ねいねい。お母さん。

ねいねい。お父さん。

 

その問いに、両親は「なあに?」と、いつも応えてくれただろうか。

 

 

 

そして、両親の、お父さんとお母さんは、

 

ねいねい。お母さん。

ねいねい。お父さん。

 

という問いに、「なあに?」と、いつも応えてくれていたのだろうか。

 

 

 

子どもの問いに、大人が応えるということが、何を育むのか。続きには、次のようなことが書いてありました。

 

 

 

 

ゆめみる宝石ゆめみる宝石ゆめみる宝石

残念なことに、なかなかその保障が難しいのが現実です。

だから子どもの権利条約は、その前文で「幸福と愛情と理解のある環境が保障されなければならない」として子どもが「愛される地位(権利)」にあることを宣言し、

 

その12条でそれを自ら実現する具体的な権利として「呼びかけ、向き合ってもらう権利(=意見表明権)」、すなわち「受容的な応答関係を形成する権利」を保障しているのです。

 

これこそ最も大切な子どもの権利であり、基本的権利の中核です。

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人は誰しも、思い、をもっています。

それは、小さな子どもも、同じです。

 

 

それを、そのまま、聴いてもらう。

その言葉を、受け入れてもらう。

 

 

それが、人とのコミュニケーションのはじまり、です。

それを、聴いてもらえない割合が多かったとき、子どもは愛されていないんだな、と思ってしまうのでしょう。

 

 

 

 

まず、言葉を受け入れる。

 

 

その言葉どおりにするかどうかは、次の判断で、そこが親、大人たちが考えることかと思います。

 

 

 

 

 

 

古代、中世の世界で、子どもをどのように扱っていたかは、こちらのブログに書きましたので、興味のある方は読んでみてくださいね。

 

 

今日は、近代になり、大人たちの子どもへの思い方が、どう変わっていったか、16世紀までのヨーロッパでの動きは、こちらのブログに書きました。

 

 

 

※参考として時代の区分

【古代】紀元前~西暦500年頃 【中世】500年頃~1500年頃 【近代】1500年頃~

 

 

 

 

 

 

 

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世界の平和

 

 

世界が目指す平和とは何だろう。

 

 

ふと、思った問いから、

その代表的なものが「国連憲章」であり、国連憲章が掲げているものの一つに「基本的人権」があり、基本的人権を育む上で大事になる「子どもの権利条約」とつながっていきました。

 

 

そんな経緯から、OSP準備室では「子どもの権利条約」について、もっと知りたい!と思いまして、当面のテーマとしてブログに書いていくことにしました。

 

そして、最初のお深め本は、こちらの「子どもの権利条約ハンドブック」です。

 

 

 

 

この本の「はじめに」に書かれていた、「こども(=子供)という言葉は、もともと「おとなに従う家来」という意味でした。」に衝撃をおぼえ、調べてみると、本当に世界史からみたとき、「子どもは家来」という考え方は世界にありました。

 

世界史の中で「子どもは大人(親・支配者)の家来・所有物に近い存在」とみなされてきた考え方は、特定の国というよりも、社会の構造・宗教・経済状況と深く結びついて、広い地域で共通して見られました。

 

古代、中世の世界で、子どもをどのように扱っていたかは、こちらのブログに書きましたので、興味のある方は読んでみてくださいね。

 


今日は、近代になり、大人たちの子どもへの思い方が、どう変わっていったかをみていきます。

 

 

 

※参考として時代の区分

【古代】紀元前~西暦500年頃 【中世】500年頃~1500年頃 【近代】1500年頃~

 

近代になり「子どもは大人の所有物」という考え方がおかしいと思う、考える人が少しずつ増えていきました。ただし、それは、ヨーロッパの国々だけで起こった動きでした。

 

 

 

では、まず1500年前後にヨーロッパで何があったのでしょうか。

 

 

 

14世紀後半から16世紀にかけて、ヨーロッパでは「ルネサンス」という動きが起こりました。イタリアからはじまり、16世紀にはヨーロッパ全土に広まりました。

 

ルネサンス(Renaissance)とは、ひと言でいうと、

 

「人間が、人間として生き直そうとした動き」

 

です。日本語では再生・復興と訳されますが、その本質は 価値観の転換 にありました。

 

 

 

 

中世のヨーロッパでは、キリスト教(カトリック)の教会、教会の教えが絶対であり、貴族・教会・王が力を分け合っていました。

そして、神がすべての中心であり、人間は罪深く、無力な存在と考えられていました。

 

それが段々と、都市が発展し、商人たちの力が増していくにつれ、教会の権威が揺らいでいき、人々は「人間とは何か」「よく生きるとは」と問うようになり、古代ギリシャやローマの思想が再生し、「人間も、美しく、考え、創り出す存在だ」と見直していったのです。

それは、「神が絶対だった思想」から、「神を信じながらも、人間の価値も認める」そんな動きが、ヨーロッパに広まっていったのでした。

 

 

イメージとしてわかりやすいのは芸術でしょう。

中世は宗教画が中心でしたが、ルネサンスの時代に、レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロなど、人間のリアルな描写、人間の身体そのものが尊いと考えられるようになりました。

 

 

 

その広がりに拍車をかけたのが、15世紀後半の印刷技術の発達でもありました。

  • 聖書が各国語で読まれるようになり、

  • 文字をとおして、思想・批判が広がり、

  • 教会が情報を独占できなくなり、

「知」が一部の特権ではなくなったことで、社会を大きく変えたのです。

(メディアの力は、大きいですね。)

 

 

 

 

 

このルネサンスの時代に、人はまだ平等とは考えられていませんが、

  • 人は考える存在

  • 信仰や理解は「個人」の問題

という感覚が、ヨーロッパの人々に芽生えていったそうです。

 

 

ルネサンスとは、

神だけが中心だった世界で、
人間もまた、価値ある存在だと静かに言い始めた運動

です。

 

この「人間の尊重」が、のちの

  • 宗教改革(16世紀)

  • 啓蒙思想(17~18世紀)

  • 人権思想(17~19世紀)

  • 子どもの権利(20世紀)

へと、長い時間をかけてつながっていきます。

 

 

 

 

こうやって調べていくと、ものすごく長い歴史ですね。

 

 

 

師匠から、「平和」に向かうには、世界史、世界の哲学をわかっていなければならないと、教わりましたが、こうやって歴史をたどっていくと、その意味が少しわかりました。

 

また、魂が、輪廻転生するならば、

子ども時代の傷を癒すことに時間がかかること、

子ども時代の傷をみることに抵抗する、みようとしない人がいることも、人間の長い歴史、魂の歴史、魂の傷を思うと、うなずけます。

 

 

 

 

では、次回のブログは、宗教改革、啓蒙思想により、子どもの人権にどうつながっていったかを、みていきます。

 

 

 

 

 

 

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