世界の平和

 

 

私は何がしたいのだろうか。

 

この自分への問いは、日常の中で、ときどき起こります。

常に、というわけではなく、年に数回でしょうか。

 

その問いが起こるときは、「これをしよう!」と自分のテーマであったり、仕事のプロジェクトだったり、やり終えたときです。ゴールに到達したから、次に、どこに行こうか、わからなくなるんです。

 

 

今回は、勤めている仕事場が主催する大きなイベントが終わった後、その問いが起きました。そのイベントが終わり2か月たち、ようやく、問いの答えらしきものが、自分の中から出てきました。

 

 

それは、世界が目指す平和とは何か、を知ること。

 

 

その代表的なものが「国連憲章」であり、国連憲章が掲げる「基本的人権」とは何だろうというところから、基本的人権を育む上で大事になる「子どもの権利条約」を知りたい。

 

 

これが、私にとっての、当面のテーマとなりました。

そして、最初のお深め本は、こちらの「子どもの権利条約ハンドブック」です。

 

 

 

 

この本の「はじめに」に、衝撃的なことが書いてありました。

それは、「こども(=子供)という言葉は、もともと「おとなに従う家来」という意味でした。」ということ。


調べてみると本当に世界史からみたとき、「子どもは家来」という考え方は世界にあり、

 

世界史の中で「子どもは大人(親・支配者)の家来・所有物に近い存在」とみなされてきた考え方は、特定の国というよりも、社会の構造・宗教・経済状況と深く結びついて、広い地域で共通して見られました。

 


では、どんなふうに? と、世界のことで調べていきました。が、

調べたことを伝える前に、お話ししたいことがあります。

 

 

 

 

私は、一人の人が、人間として成長していく、活き活きと輝いていくためには、「輪廻転生」という哲学を前提に考えていくことを大事にしています。


この考え方を、私は30年以上もって生きてきました。その考え方から、自分や世の中を観続けていくと、次のような人間の仕組みがみえてきました。

 

 

人の魂は、今この日本での人生だけなく、何度も生まれ変わって、そして、今の時代の自分の母親を選んで生まれたということ。


魂は、永遠であり、DNAには、魂が体験したことが記録されているということ。

 

ただ、その魂の記録を、人は全部を覚えているわけではなく、自由に使えるわけではなく、何かのきっかけでスイッチが入ったときに、その魂の記録の中の一部を憶い出す仕組みになっているということ。

 

そして、やっかいなことは、その記録を明確な文章や映像で思い出すことはできなくて、なんとなくぼんやりと、おぼろげに覚えているので、

 

・なぜか、怖い

・なぜか、悲しい

・なぜか、怒りが出てしまう、というような感情が湧きおこったり、

・なぜか、出来てしまう

・なぜか、やってしまう

・なぜか、動けない、という行動が起きたりする。

 

 

 

上記のような仕組みを、人間はもっているため、世界史を知るということは、自分を知るきっかけにもなっていくと、思います。

というのは、何故か気になる歴史の出来事は、自分の魂が辿ってきた道かもしれないし、似たような出来事を他の国や他の時代に、魂が体験していたのかもしれないのです。

  

このような人間の仕組みを前提として、子どもは大人(親・支配者)の家来・所有物に近い存在であった世界史をみていきます。

(参考までにということで、読みたい方はお読みください)

 

 

古代・中世のヨーロッパでは

 

キリスト教以前の古代のローマ法では、家父長制があり、家長が「子どもの生殺与奪権」をもっていたそうです。

子どもは「未完全な存在」「理性をもたない存在」とされ、労働力・家系維持の道具的な位置づけだったそうです。

 

中世ヨーロッパでも、子どもは早くから労働に従事し、「保護される存在」という考え方は弱かった。

 

※参考として時代の区分

【古代】紀元前~西暦500年頃 【中世】500年頃~1500年頃 【近代】1500年頃~

 

 

 

中国(儒教文化圏)

 

中国には、儒教思想があり、儒教思想では孝行、上下の秩序を重んじていました。また、宗族・血縁を重視する社会構造となっていました。

 

そのため、「親に従うこと」が徳とされ、子どもは親の延長・所有物的存在として扱われ、親に逆らうことは、社会秩序への反逆と見なされることもあったそうです。
中国の影響を受けた朝鮮半島、ベトナム・日本にも同様の価値観が伝播していきました。

 

 

 

日本(近世まで)

 

中国より学んだ儒教や武家社会の主従関係、家制度により、子どもは「家」に属する存在として、家の存続のためを優先に育てられていました。
江戸時代には、子どもは「半人前」であり、親や主君に従うことが当然とされ、明治期の民法でも、懲戒権など親の強い権限が制度化されました。懲戒権とは、親権者が「監護及び教育に必要な範囲内で」子を懲らしめる(しつける)権利だそうです。

 

 

古代・中世のイスラム世界

 

部族社会の伝統として、父親の権利が強い家族構造となっていました。
子どもは父の保護下にある存在であり、従属的な立場でした。

ただし、イスラム法では「孤児の保護」や「教育の義務」が明確で、完全な所有物という発想は抑制されていたそうです。

 

 

 

農耕社会・古代や中世の社会全般(共通の背景)として

 

近代(1500年ごろ)の前までは、上記のようなことがあったことは、歴史書からうかがえるようです。そして、どの国がというわけでもなく、古代や中世に共通する原因として、次の点が重要だったそうです。

・乳幼児の死亡率が高く、 子どもを「個」として大切にする余裕がなかった。
・ともに生きていくために、子どもも労働力としての必要だった。
・個人よりも、家・村・国家が生き延びるために、集団としての維持が最優先とされていた。

 

 

 

 

 

大人の子どもへの思い方の全般的な世界史を、中世までみてみました。


 

もちろん、その時代でも、子どもへの接し方、愛情のかけ方、その度合いは人それぞれだったと思います。

歴史の名残として今もある、子どもを従属的なものとしてしまう、そのサイクルを終わらせるために、立ち上がった人々が増えていったのが近代であり、子どもへの思い方が、より平和的、より深い愛へと成長していったのが、人間の世界史でもあるんだろうな、と思います。

 

 

 

そして、近代になり、何が起こり、どう変化したのかを、また、ブログで一緒にみていければと思います。

 

 

 

 

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世界の平和

 

 

日本という国だけでなく、世界から子どものことをみたとき、「子どもの権利条約」というものがあります。

 

これは、国連が世界各国で、子どもたちの権利を大人たちで護ろう、権利を活かせるように、子どもたちが活き活きと生きることができるようにと、つくった条約です。

 

 

条約になるくらいですから、世界史的にも、子どもたちの権利は護られてこなかったということです。

 

 

 

では、世界史からみて、子どもはどんな存在だったのでしょうか。

 

 

こちらの本。「子どもの権利条約ハンドブック」には、次のようなことが、はじめに、に書かれていました。

 

こども(=子供)という言葉は、もともと「おとなに従う家来」という意味でした。

 

 

 

 

 

 

 

子どもは家来?

 

 

確かに、そんなふうに子どもを扱うような大人を、物語や本やドラマで読んだり観たことはあるけど、世界史でもそうなのかしら?

 

自分自身のことを振り返ると、父が怖くて、そして小学校6年間通った塾の先生がとても怖くて、身体をギュッと縮めて、様子をうかがいながら、怒られないようにと過ごしていた自分の子ども時代も思い出しました。

 

そして、チャットGPTで調べてみると、そのとおり「子どもは家来」という考え方は世界にあり、次のようにこたえてくれました。

 

 

世界史の中で「子どもは大人(親・支配者)の家来・所有物に近い存在」とみなされてきた考え方は、特定の国というよりも、社会の構造・宗教・経済状況と深く結びついて、広い地域で共通して見られました。

 

 

 

そうなんだ・・・ と、愕然としましたが、だからこそ条約という形で、世界中で取り組まなければならないことなのだな、と理解できました。

 

 

では、どんな世界史だったのでしょうか。

どんな世界史だったのかは、ちゃんと知らなければならないと思いました。

 

 

 

なぜなら、人はみな、なんらかの傷をもっているからです。

その傷というのは、生まれてきてから今に至るまでの出来事で傷ついてきたものものあれば、そうでない時に傷となっているものもあるからです。

 

 

 

傷というものは、傷があると知ってはじめて、その傷をケアして癒すことができます。

そして、その傷の原因や状態により、ケアの仕方が変わります。

自然にほおっておけばよい傷もあれば、砂がかかっていれば水で洗って、消毒をした方がよい傷もあったり、絆創膏をはった方がよいもの、糸で縫わなければいけなかったり、手術が必要なものもあります。

 

 

私の場合は、先に書きました、父と塾の先生の怖さによる傷が、身体にのこっています。何十年もかけて様々なケアをして、かなりその影響はなくなったものの、未だに、たとえどんな人であっても、優しく穏やかな人であっても、高圧的なものを感じたときに、極端に身が縮み、何も言えなくなる、頭が真っ白になる現象が起こります。

おそらく、これは、一生かけて、少しずつ癒して改善していくものだろうと思うし、あまりにも長く残っている傷なので、その傷は、生まれる前からあったような感じもしています。

 

 

 

 

 

 

私たちが子どもの頃におってしまった心の傷、今の子どもたちがおってしまった心の傷は、

 

・世界史から続いてきた目に見えない風潮により、大人たちの子どもへの接し方に影響を与えてしまっている可能性もあります。

 

・DNAに受け継がれてきた傷として、残っているものかもしれません。

 

・大人になったときに、知らぬ間に、気づかない間に、子どもを所有物のように、あるいは家来のように扱ってしまうかもしれません。

 

 

 

もちろん、子どもは未熟なために、大人が教えなければならないことがあり、それに子ども倣う(ならう)、習うことも必要な場合があるでしょう。大人が、時と場合により、子どものために、叱ることもあるでしょう。

 

 

 

 

自分の子どもへの接し方を、客観的にみてみると、何か気づきが起こるのではないでしょうか。

 

 

 

世界の中にあった「子どもは家来」という考え方は、少なからず、自分にも影響を与えていると、思いました。

 

 

 

次回のブログでは、世界史では、人々が子どもをどのように捉えていかたかを、みていきますね。

 

 

 

 

 

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世界の平和

 

 

 

前回のブログで、

 

1989年「国際児童年」につくられた「子どもの権利条約」には、

 

 

「子どもには、自分の思いや願いを自由に出しながら大きくなる(成長する)権利」(6条、12条)があり、家や学校で子どものめんどうをみる大人には、「子どもの願いや思いと真剣に向き合う義務がある」と定めました。

 

 

と、書いてあるという話をしました。

(※ 6条、12条の実際の条文は、ブログの最後に記載しています)

 

 

この「子どもには、自分の思いや願いを自由に出しながら大きくなる(成長する)権利がある」という一文を読んだとき、小さな頃の自分だけでなく、20代の頃の自分を思い出しました。

 

20代の初めの頃、こんなことを私は思っていました。

 

「結婚しても、子どもを生みたくないな。

 だって、子は親の鏡、子どもは親に似るというから。

 私みたいな子になったら、かわいそう。

 だから、子どもを生みたくない。」

 

そんな風に思うくらい、私は自分のことに自信がなく、自己肯定感もなく、自己信頼もなく、成人したのでした。

 

 

 

 

そして、今は、二児の母です。

2人の母になれたのは、振り返ってみてみると、自信、自己肯定感、自己信頼が増したから、と思いました。

 

とはいえ、長男を産んだのは33歳の時でしたから、妊娠して子どもを生み育てることを自分に許すまでに、12年を要したことになります。

 

 

 

では、その12年間に何をしたかというと、先に紹介した「子どもの権利条約」の第6条、12条に書いてあることだったと、気づきました。

 

 

 

     自分の思いや願いを自由に出しながら大きくなる(成長する)

 

 

 

思えば、自分の思いや願いを明確に感じ取ることができなかったのが、20歳、21歳ごろの私でした。5年くらいは、思うがままに行動したものの、堂々巡りで、これといったものがつかめずでした。

 

それが、変わったのが人生の師と出会ってからでした。

師匠は、人間とは何か、自分を愛するとは、愛とは、家族とは、仕事をするということは、人とコミュニケーションをとるとは、援助をすることとは、健康とは、生きるとは何か、と様々なことを教えてくれました。

それは、それらの答えは一つではないということ。国により、時代により、社会により、その人ひとりひとりの生き方により、言葉の意味の捉え方により変わっていくと、師匠に教わりました。

 

だから、私は私の思い方、感じ方、考え方があっても大丈夫なんだ、OKなんだと、少しずつ受容していったのでした。

 

そして、私の場合は、様々なテーマについて「自由に書いてみる」「自由に書き出してみる」機会を師匠からいただいたことで、自分の内側でギューッと固まっていた「思い」が、より引き出されていきました。

 

 

その様々なテーマというのは、すべて、平和に関わることでした。

 

 

 

自分の中にある「世界が平和になるには」「社会が平和になるには」「世の中が平和になるには」「仲間たちが平和になるには」「家族が平和になるには」と、小さなころから、小さいなりに感じていたのだと思います。

 

 

 

それは、今世の小さい時からでなく、長く永く続いてきた、魂の思いだったと思います。

 

 

 

子どもは、長い長い魂の歴史をもって、生まれてきています。

 

子どものもつ思いを、まわりの親や大人たちが理解できるようになるには、自分も子どもだったこと、自分自身だけでなく人はみな魂をもっており、魂は肉体に宿り、生まれては死に、また、生まれては死にと、永遠に生き続け、一人一人の魂の歴史があることを、深く深く理解できたときかと、私は思います。

それは、長く永く、人間を続け、様々な立場を幾世代も体験し、魂の記憶としてDNAに刻まれてこそ、わかるものだと思います。

 

 

気をつけていても、ちょっとした出来事で、子どもに、傷つくようなことを言ってしまうことも、人はあります。

完璧な人なんて、この世にはいません。

 

人はみな、魂の大きな、長い永い人生からみたら、宇宙からみたら、人はみな、子どもなんじゃないかな。。。

そんな風に思います。

 

 

傷ついた心は、傷ついた魂は、なんらかの方法で癒すことは大事です。

そして、癒していきながら、あるいは、ある程度癒してから、

自分で、自分の思いや願いを引き出していくことで、人の成長ははじまるんな、と思います。

 

 

 

 

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子どもの権利条約(政府訳)より

第6条

1.締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。

2.締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。

 

第12条

1.締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、この児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。

2.このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続きにおいて、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。

 

 

上記は、日本の政府訳ですが、世界、国連が伝えたいニュアンスは、下記の英語版と子ども向けバージョンをご確認いただけたらと思います。

 

「子どもの権利条約(Convention on the Rights of the Child)」

英語版(全テキスト):

https://www.unicef.org/child-rights-convention/convention-text

英語版(子どものためのバージョン)

https://www.unicef.org/child-rights-convention/convention-text-childrens-version

 

子ども向けバージョンより

12.Respect for children's views

Children have the right to give their opinions freely on issues that affect them. Adults should listen and take children seriously.

 

16.Protection of privacy

Every child has the right to privacy. The law must protect children’s privacy, family, home, communications and reputation (or good name) from any attack.

 

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世界の平和

 

 

世界の平和。

 

子どものころ、世界が平和になるとよいな。戦争がなくなるとよいな。

と、すごく思ったときがありました。

 

それは、小学校3年生のときでした。

 

広島にピカドンという爆弾が落とされ、ほんとに沢山の人たちが一瞬にして命を落とした、という話を本で読んで、ものすごく衝撃を受けました。

 

そして、何度も、その本を読んだことを思い出します。

本の内容を覚えているわけではないけど、心に深く残ったことだけは憶えています。

 

 

 

中学生になり、社会の時間に、はじめて「国連」が「世界平和」をめざしていて、世界中の国々が国連に参加し取り組んでいるということを知り、

 

「国連ではたらきたい!」

 

と思ったけど、すぐに「私には無理だな」とあきらめてしまいました。

それは、自分に自信のない、おとなしい子だったからかな。

 

 

それでも、「世界の平和」を願うことは、ずっとずっと、中学生の時より変わりありません。

 

 

 

大人になり、社会を見回したとき、この社会、世界中に、世界の平和を目指す団体がいくつもあることを知りました。

 

その中で、一番大きな団体は、やはり「国連~国際連合」ではないでしょうか。

 

 

 

さて、私には師匠として尊敬している人がいます。

その師匠が世界平和について話をするときには、国連の話を、いく度も聞きました。

 

 

この冬至前、師匠が書いた「国連憲章」についての話を読み返したとき、平和を願うだけでなく、小さく活動するだけでなく、もう1歩、2歩、3歩と大きくステップを踏んでみようと思いたちました。

そして、「国連憲章」には何が書いてあるのかを、読み返してみたのでした。

 

 

 

「国連憲章」を読むと、主に、国と国が平和になるためのこと、争いを起こしたときのことが、ほとんどですが、基本的な柱として「基本的人権」と「人間の尊厳」を大事にしていることがわかります。

 

 

 

では、世界は「基本的人権」をどう捉えているんだろう。と思ったとき、自分の本棚にある「子どもの権利条約ハンドブック」があることを思い出しました。

 

そして、人間の中でも弱い立場にある「子どもの人権」を、先に知る必要があるんじゃないかな、と、世界が、世界の様々な出来事を背景に、まず「子どもの権利」について、どう働きかけているのかと、本を手にとりました。

 

 

 

読んでみて驚いたのは、1989年「国際児童年」につくられた「子どもの権利条約」には、

 

 

「子どもには、自分の思いや願いを自由に出しながら大きくなる(成長する)権利」(6条、12条)があり、

 

家や学校で子どものめんどうをみる大人には、「子どもの願いや思いと真剣に向き合う義務がある」と定めました。

 

 

 

と、本に書いてあるのです。

 

あれ、この条約のこと、日本に浸透しているかしら・・・

 

浸透していないよね。と、思いました。

なぜなら、大人になってから、子どもの時の傷を癒さなければいけない人が、日本には数多くいます。そんな大人たちと数多く出会ってきたからです。

 

 

 

日本は欧米と比べると「人権の意識が低い」と聞くことがありますが、そこは、自分も真剣に受け取める必要あるな、と思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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言葉が世界をつくる

 

 

3年ほど前に、私は、イベントを運営する会社に勤めるようになりました。

それまでは、医療の中でも、高齢者のリハビリテーションを行う仕事をしていましたので、ガラッと働き方が変わり、見る物、行うこと、すべてが新鮮で、仕事量も多く、大変だけどワクワクの毎日でした。

 

それが、1年、2年、3年と年数がたつにつれ、自分にかかってくる責任というものが大きくなっていきます・・・

 

責任が大きくなっていくのは、どの仕事についたとしても、同じだと思います。

仕事も4年目に入り、その責任の大きさと重さを、どう乗り越えていくのかが、この2025年は私にとっての大きなテーマとなりました。

 

 

今までの3年間は、過去の経験を思い出したり、自分に起こる感情の整理をすることで、自分のキャパシティを大きくして乗り越えられていたのですが、それだけでは、どうにもならなくなっていることに、気づいていきました。

 

 

 

それは、明らかに、新たな能力をつけていかないと対応できない、と気づいていったのです。3年間は、自分の過去の経験だったり、会社自体が長年つくりあげてきたシステム通りに行っていけば、どうにかなっていたわけです。

 

 

 

私にとって必要となる新たな能力とは、「伝える能力」と段々とわかってきました。

いろんな失敗を経て気づいたことが「自分の言語能力を伸ばしていかないと、これ以上のことは起きない」だったのです。

 

 

 

イベント運営会社ですから、仕事の中でも大きな割合を占めているのは「集客」です。集客のノウハウに関する話や、本は、手を伸ばせは、世の中にいっぱい溢れています。話もたくさん聞いたし、本もたくさん読みましたけど、結局は「自分の言語能力を伸ばしていかないと、本の著者や、講座などで講師らが伝えていることは、使えないのだな」と、思ったのです。

なかには、講師の伝えるとおりに行えば効果が出る、とおっしゃる方もよくいます。それはそのとおりかと思います。なぜなら、行うための基本となる能力があってこそ結果が出るのであって、基本となる能力がなければ、講師の言うとおりにできないのですから。実際、教え子全員に効果が出たということは、聞いたことがありません。

 

 

たとえば、私の場合は、人を集めるための「キャッチコピーのテンプレート」をいくつか使ってみても、うまくいきませんでした。ただ真似するだけでは、結果が出ないんだと気づきました。お客様やイベントとマッチングしたコピーを選んでこそなので、他で成功したコピーのテンプレートを使っても、うまくいくはずがないんです。

 

 

 

まあ、そのほかにも失敗を繰り返して、私にとって足りない能力というのは「言語能力」と行き着いたわけです。

 

 

 

そして、言語能力を伸ばそうと探しあてたのが、出口汪(でぐちひろし)さんの著書でした。出口先生の本を読んでわかったことは、私は日本語の国語力が低いのだな、ということでした。そして、2か月ほど前から、せっせと出口先生の本を読んでいるところです。

 

 

昨年、亡き師匠の著作本を紹介する本を執筆しましたが、不十分な言語力でよく本を出したものだと恥ずかしくなりました。でも、人生は長いんですから、これから修正すればいいんです!

 

 

 

 

そして、最後に。

私の師匠は、言葉、言葉の意味を、とても大事にする人で、あらためて師匠の遺作から、言葉について書いていた原稿を読み直してみました。

言葉とは何か、言葉の意味とは何か、について師匠は、次のように遺作に遺してくれていました。その一部ですが、紹介します。

 

 

 

言葉の意味というのは、何にも代えがたいほど大切な、そして、重要なものでありまして、たとえば、結婚するにしましても、結婚という言葉の意味について、どの程度の深さの理解があるのかが、その人のする結婚の、すべてでありまして、結婚の意味を充分知らずして、結婚そのものを体験するということは、もちろん可能ではありますが、充分深いものたりえることは、これまたもちろん、不可能であります。

自分の、知っている以上のことを、体験するということは、人間という生き物は、できないのでありまして、たとえ、体験しているのかは知れませんが、知ることはできないのです。

 

(中略)
 

人は、一瞬にして、体験から氣づきへ、そして、言葉を通して、認識から理解へ、そういうシステムをもっているのでありまして、深い氣づきとか、深い認識とか、深い理解とかは、結局、その人のもつ言葉の意味が、言葉の意味の深さそのものが、決め手になるのでありまして、それ以外には、ないのです。

結局、人間というのは、その人のもつ言葉の意味、そのものを、生きているのでありまして、結局のところ、結婚だけをうまくやろうとしても、氣もちは、100%そうであったとしても、結婚とは何かについて、深い言葉の意味を知っていなければ、具体的にはどうしようもないのでありまして、改めて申せば、結婚結婚と申しましても、それは、自分の知っている結婚であり、その知っている程度が、浅ければ、深い意味の結婚というのは、成しえないのであります。

もう一度、申し上げますが、人間という生き物は、自分の、知っている言葉の意味の程度こそが、自分という人間の程度でありまして、ありていに申せば、それが、自分の限界であります。

 


 

 

残りの人生。子どもも成人した今、あらたに学びなおして、自分のまわりで起こる世界で、日々の彩を増していきたいと思います。

 

 

 

 

ごあんない

 

 

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