叡山電鉄(えいざんでんてつ)とは、京都府京都市左京区の出町柳から八瀬・鞍馬へと路線を持つ私鉄で、
京阪電鉄の完全子会社です。
1985年に京福電気鉄道から切り離され、当初は京福100%出資でしたが、1991年より京阪グループになりました。
まずは概要から!
「概要」
出町柳から八瀬比叡山口間の叡山本線と、宝ヶ池~鞍馬間の鞍馬線の2路線を運営し、比叡山・鞍馬方面への観光客輸送・周辺住民輸送をしています。
これらの路線は1924年に京都電燈(きょうとでんとう)が叡山本線を、鞍馬電気鉄道が1929年に宝ヶ池と鞍馬間を敷設し、別々で運営されていましたが、
戦時統制(せんじとうせい)で京福電気鉄道に再編され、以降は京福電気鉄道により、運行されてきました!
しかし1960年代に入ると、モータリゼーションの波を受け、特に叡山線と鞍馬線の利用者が減り、京都市電廃線もあって、
他(ほか)の鉄道路線からの連絡が絶(た)たれたことで、沿線から京都市中心部に直結する、路線バスに乗客を奪われていき、
利用者は激減(げきげん)してしまいます、特に叡山線は年間5億円の赤字を出していました。
京福電気鉄道本体が叡山線・鞍馬線の赤字を負担し金利負担を低減すること、人件費の消滅をねらい、
京福出資の叡山電鉄が設立されました。
そして翌年7月より開業したのです。
開業から数年間は赤字経営でしたが、1989年に京阪鴨東線が出町柳から発着すると黒字に移行しました。
しかし、今度は京都市営地下鉄東西線の開業により、若干低下傾向にありますが、観光シーズンなどでは
多くの利用者でにぎわっています。
「かつてしていた事業」
かつては八瀬比叡山口駅からケーブルカーで登った先に、八瀬遊園という遊園地を運営していましたが、
他の遊園地に客を取られたことで、2001年に閉園となってしまいました。
この遊園地は京福電気鉄道が建設したもので、開園(かいえん)当時は年間20万人を数えましたが、
他の遊園地との競争が激化(げきか)してしまい、低迷。
1983年には森に囲まれていることから、森のゆうえんちと改めて、リニューアルを図るも効果はなく、
2001年、ついに廃園となりました。
「在籍車両」
※車両開設については「叡山電鉄の車両紹介」をご覧ください!
在籍車両は2022年3月現在のものです。
デオ700系
デオ710形 2両
デオ720形 4両
デオ730形 2両
デオ800系
デオ800形 4両
デオ810形 6両
デオ900系 4両
デト1000形 1両
お次は叡山電鉄の車両紹介です。