最終日は、午前中に津山城へ行き、岡山へ戻て岡山城を見て帰りました。


6:00発 岡山駅

7:32着 津山駅

先に城東重要伝統的建造物保存地区を見てまわります。


◯城東重要伝統的建造物保存地区


◯城東重要伝統的建造物保存地区


◯城東重要伝統的建造物保存地区



千代稲荷神社と津山城石垣


◯千代稲荷神社


自動車が通る想定?


◯冠木門跡
開園時間前に到着。津山城は桜の名所であり、鶴山公園となっているので、開園前でも園内散策ができると思っていたのですが、完全に門が閉ざされていました。

気温0℃の中、開門を待ちます。


◯森忠政像


8:40 入城

冠木門を入って正面にある鶴山館へ。

文字に味があっていい。

貴重な写真ですね。


冠木門に戻って登城開始です。

三の丸に上がる桝形虎口。

めちゃくちゃ広いです。


三の丸に続く階段


◯三の丸



◯表中門跡

右下段石垣:見付櫓     右上段石垣:弓櫓

ここも広くて贅沢な気分になります。

突き当たり桝形で左に折れます。


二の丸へ上がる階段


◯四足門跡

ここも桝形虎口になってます。


◯二の丸


◯備中櫓(2004年復元)

本丸から大手門側に張り出した石垣上に建てられていて、天守に次ぐシンボル性の高い建造物でした。


扇の勾配が美しすぎる。

備中櫓の下を右に進みます。

通路が狭くなってきて、緊張感が増します。

◯切手門跡 ◯弓櫓跡(右の石垣)



ここも桝形虎口で、右の石垣には辰巳櫓がありました。


振り返るとこんな感じ。

横矢掛り、櫓があるとイメージしやすいです。

備中櫓から続く石垣上には、長局と呼ばれる建物がありました。


辰巳櫓跡から、城東町が一望できます。

城と城下町の間には宮川が流れていて天然の外堀です。

本丸へ進みます。


◯表鉄門

本丸入り口の櫓門。二階の櫓部分に本丸御殿の玄関があり、櫓内を通って本丸御殿に入る仕組みでした。


鉄門をくぐった桝形。


階段を登って、本丸から東方向の写真です。

右の石垣が表鉄門(櫓門)で玄関部分。

本丸御殿に入るには、玄関から石垣の上をコの字(逆時計回り)に進みます。

 玄関に入ると「広間」があり(右石垣上)

「広間」の先、左に「旗の間」(正面石垣上)

「旗の間」の先、左に「鑓の間」(左石垣上)

「鑓の間」の先、右に本丸御殿の大広間にでます。大広間から見える中庭には、大砲2基が設置されていたそうです。

玄関を櫓内につくったのは津山城だけです。

狭い敷地内を有効利用するために、そうしたそうですが、来客者が必ずこのルートを通ることで、森家の軍事的権威を示す目的もあったようです。


御殿図でみるとこんな感じ。

わざわざぐるりと歩かされます。


◯本丸東側石垣 ◯太鼓櫓跡


◯井戸


長局跡からの眺望


◯備中櫓


◯備中櫓内「御上段」

内部構造が独特で、全室畳敷、天井張りの構造で、御座の間、御茶席、御上段などの御殿建築の仕上げとなっています。本丸御殿の最奥部にあり、藩主や限られた人物のための空間であったと考えられています。このような特異な構造をもつ櫓は、類例が少なく、復元対象となったそうです。


◯五番門と土塀

五番門の石垣は崩壊が見られたため積み直しがされ、土塀は復元されました。

天守は本丸の西側の仕切られた区画にあります。


◯六番門跡

天守まで僅かな距離に門二つ構えです。


◯天守台

五重層塔型天守で、破風などの装飾を持たないシンプルな外観でした。また、五重天守を建てたと聞きつけた幕府が視察に来ると聞いて、四階の瓦を外し、屋根ではなく庇と主張し難を逃れたそうです。

地下に穴蔵を設け、地上22m、鉄砲狭間101ヶ所、矢狭間59ヶ所つくり、最終的には天守だけでも籠城ができるよう設計されていたそうです。

“最後まで諦めず戦う”気概を感じます。


◯天守台


◯八番門


◯長櫓跡


◯本丸東側石垣 ◯矢切櫓と月見櫓跡


武者走り。マイクラみたいです。


◯大戸櫓跡(左)粟積櫓(右)


◯本丸跡

この敷地いっぱいに御殿が建てられていました。


搦手門側に下ります

◯埋門跡 腰巻櫓跡(左)


◯裏鉄門跡




◯中門跡


◯薬研堀


二の丸へ上がる階段

紙櫓跡(左) 肘櫓跡(右)


三の丸


二の丸に戻って

◯厩堀






<津山城について>

1603年 美作18万石の大名となった森忠政(森蘭丸の弟)は、吉井川と宮川の合流点にある比高50mの鶴山を城地と決めて築城開始します。

途中、江戸城などの普請や大阪の陣への出陣などに多くの年月を費やされ、1616年にようやく城が完成しました。

津山城は、山頂を削って本丸とし、本丸を囲むように二の丸・三の丸が配置されています。いずれも総石垣の雛壇で造成された「一二三段」の平山城で、山全体が石垣で覆われています。石垣の上には櫓60棟、門33棟が配置され、広島城や姫路城と並ぶ多さでした。

森氏は4代で無嗣断絶となり、その後は松平氏が9代まで続き明治維新を迎えます。

1873年に建物群は取り壊しが決まり、堀も埋め立てられましたが、津山城の石垣は、ほぼ完全に残っています。

現在は、千本の桜が植えられ、西日本随一の桜の名所となっています。



真冬だったので、草木の緑がなく、石垣の連なりを堪能することができました。

写真を見ても桜の木が多いこと。

石垣で覆われた景色が、桜で覆われるところも見てみたいです。



岡山に戻る前に「津山まなびの鉄道館」に行ってみようと自転車で走っていると、いい匂いがして。
カムカムエヴリバディでお馴染みの回転焼きです。私の地元では今川焼きと呼びます。
こちらのお店は横綱まんじゅうです。


焼きたてをいただきました。


「津山まなびの鉄道館」に到着。

息子が小さい時に、プラレールやら機関車トーマスやらチャギントンと、見たり遊んだりというのもあって、扇形機関車庫と転車台を見にきました。





岡山へ戻る前に

津山名物“ホルモン焼きうどん”を食べます。



ホルモンが美味しい。


津山城の鶴山館にも、横綱まんじゅうのお店にもB'zのポスターや写真が飾ってあって。すっごいB'z推しの町と思っていたら、稲葉さんのご出身なんですね。


岡山に戻ります。