大阪難波 5/21写真展の案内
自分も参加します。
今までの旅の写真をポストカードにして展示、販売します。
売上は全額、東日本大震災の義援金となります。
国は政策で
銀行は融資で
マスコミは報道で
メーカーはモノ作りで
歌手は歌で
写真家は写真で
助け合おう、支え合おう。
がんばろう、にっぽん!
以下、告知です。
echoberry postcard photo exhibitionでは、
「1人でも多くの人に自分の写真作品をみてもらうこと」を目的にポストカード写真展を行います。
参加することで、写真がうまくなっていく。そんな写真展を目指しています。
☆会場(開催日程順)☆
☆大阪・湊町リバープレイス ※難波駅構内 5月21日(土)22日(日)
11:00~18:00 (21日はキャンドルナイト)
参加者 約80人
ポストカード 1枚100円
皆様のご来展お待ちしております。

今までの旅の写真をポストカードにして展示、販売します。
売上は全額、東日本大震災の義援金となります。
国は政策で
銀行は融資で
マスコミは報道で
メーカーはモノ作りで
歌手は歌で
写真家は写真で
助け合おう、支え合おう。
がんばろう、にっぽん!
以下、告知です。
echoberry postcard photo exhibitionでは、
「1人でも多くの人に自分の写真作品をみてもらうこと」を目的にポストカード写真展を行います。
参加することで、写真がうまくなっていく。そんな写真展を目指しています。
☆会場(開催日程順)☆
☆大阪・湊町リバープレイス ※難波駅構内 5月21日(土)22日(日)
11:00~18:00 (21日はキャンドルナイト)
参加者 約80人
ポストカード 1枚100円
皆様のご来展お待ちしております。

ベトナムの車窓から
ベトナムに来て4日目、中部の町フエに来ています。
16日に関空を飛び6時間、ベトナムの首都ハノイのノイバイ空港に着いたのは、現地時間10時、日本との時差は2時間です。
バスで市内に着いて待ち受けていたのは、バイクタクシー、通称バイタクのの客引きでした。
バスの戸を勝手に開き、客を引っ張り出し強引に乗せます。
俺はその隙間をぬい何とか脱出。
見知らぬ国の見知らぬ町を1人彷徨い、ホテルを探します。
だけど道に迷い、しゃーなしバイタクのおっさんに本に載っていたホテルに連れて行ってもらうことに。
しかし、さっそく洗礼を浴びた。
2$で交渉していたはずが、着いたとたん
おっさん「3ダラーズ、プリーズ。」
俺「ノー、2ドル、オンリー」
おっさん「2$?ノー、3ダラーズ」
くそっ、と思いながらもめんどくさいので3$払いホテルへ
1晩20$、もう遅かったんでここに泊まり、長い1日を終えた。
2日目、
朝、市場へ繰り出す。
狭い路地をけたたましく走るバイク、天秤籠にバナナや見たことない食べ物を載せ売り歩く女性たち、道に椅子とテーブルだけが置いてあるフォー屋などなど。
テレビでしか見たことのない風景に思わず、力が入る。
道端のフォー屋で朝ごはんを取る。
言葉は通じなくてもフォーフォー言えば何とかなる。
出てきたフォーにライムを搾り唐辛子を1つまみして食す。
うまい!
会計は6000ドン、
しかし、手元には10000ドンしかない。
普通日本ならば、おつりがもらえるだろう。
だが、ベトナムは甘くない。
俺の手から10000ドンを奪い、はよ帰れと言うように払いのけられた。
最初に覚えたベトナム語、ティエンスア(おつり)
やはり両替しないと不便なので、4000円をドンへ
1円=160ドンだったので、640000ドンになった。
桁が無駄に多い。
16000ドンが100円、さっきのフォーは40円程度になる。
安い。
その後、市内の名所を一通り見て回る。
ホーチミンにまつわるものや昔の遺跡など、なかなかであったが、
とにかくバイク、バイク、バイクなのだ。
しかも、信号は無視するはノーヘルだし、3人乗りだし、常にクラクションは鳴らしてるわで、とにかくわや、なまらわや。
まじ、カオス!
最後に水上人形劇なるものを見て、この日は終わった。
3日目
ハノイ最後の日は世界遺産のハロン湾クルージングツアーへ
朝8時に黄緑のシャツのガイドに連れられバスへ
車内で隣になったのは上海人で色々と英語で話しかけてくれたが・・
半分くらいしか聞き取れず、少ししかしゃべれず、本当に悔しかった。
ベトナム人も中国人もヨーロッパ人も英語ができるのに・・
もし英語を不自由なく使えたら、どんなにたくさんの人としゃべれただろうか、本気で勉強しようと思いました。
ハロン湾はすごいよかった。
海から無数の岩山がにょきにょきと生えているのだ。
ただただ唖然としていた、日本の松島をレベル100にした感じだ。
水上には家もあって、銀行まであった。
その家の1つでランチを食べ、鍾乳洞へ。
ほんとにダンジョンである。広大な大きさの鍾乳洞であった。
ほかの乗客との会話を楽しんでいるとあっという間に帰りの時刻へ。
日本人も他に4人いて、2人はOLでこれからラオスに行くそうだ。
後の2人は老夫婦でハノイに1週間滞在する。見かけによらず、カジノが趣味とのことだ。
そして、俺はそのままハノイ駅に行き、寝台列車で南下。
中部の都市フエ、ホイアンを目指す。
この2つの都市では、フエ王宮群、ホイアンの町、ミーソン遺跡と3つの世界遺産を訪れる予定だ。
まだ3日間であったが、日本では得られない貴重な経験を沢山した。
絶景や絶品もたくさんあった、そしてたくさんの人との出会いもあった。
小さな出会いだけど、大きな思い出になっている。
フエでも沢山の人に出会いました。
この話は日本語のパソコンに出会ったらまた書きます。
中部はちょうど雨季にあたり毎日雨です。
ホイアンは軽く水没しているそうです。
町を船で行ってい画像をタイ人の学生に見せてもらいました。
もうすぐホイアン行きのバスが出るので行きます。
あと10日ぐらいで帰ります。
ではお元気で!
は
16日に関空を飛び6時間、ベトナムの首都ハノイのノイバイ空港に着いたのは、現地時間10時、日本との時差は2時間です。
バスで市内に着いて待ち受けていたのは、バイクタクシー、通称バイタクのの客引きでした。
バスの戸を勝手に開き、客を引っ張り出し強引に乗せます。
俺はその隙間をぬい何とか脱出。
見知らぬ国の見知らぬ町を1人彷徨い、ホテルを探します。
だけど道に迷い、しゃーなしバイタクのおっさんに本に載っていたホテルに連れて行ってもらうことに。
しかし、さっそく洗礼を浴びた。
2$で交渉していたはずが、着いたとたん
おっさん「3ダラーズ、プリーズ。」
俺「ノー、2ドル、オンリー」
おっさん「2$?ノー、3ダラーズ」
くそっ、と思いながらもめんどくさいので3$払いホテルへ
1晩20$、もう遅かったんでここに泊まり、長い1日を終えた。
2日目、
朝、市場へ繰り出す。
狭い路地をけたたましく走るバイク、天秤籠にバナナや見たことない食べ物を載せ売り歩く女性たち、道に椅子とテーブルだけが置いてあるフォー屋などなど。
テレビでしか見たことのない風景に思わず、力が入る。
道端のフォー屋で朝ごはんを取る。
言葉は通じなくてもフォーフォー言えば何とかなる。
出てきたフォーにライムを搾り唐辛子を1つまみして食す。
うまい!
会計は6000ドン、
しかし、手元には10000ドンしかない。
普通日本ならば、おつりがもらえるだろう。
だが、ベトナムは甘くない。
俺の手から10000ドンを奪い、はよ帰れと言うように払いのけられた。
最初に覚えたベトナム語、ティエンスア(おつり)
やはり両替しないと不便なので、4000円をドンへ
1円=160ドンだったので、640000ドンになった。
桁が無駄に多い。
16000ドンが100円、さっきのフォーは40円程度になる。
安い。
その後、市内の名所を一通り見て回る。
ホーチミンにまつわるものや昔の遺跡など、なかなかであったが、
とにかくバイク、バイク、バイクなのだ。
しかも、信号は無視するはノーヘルだし、3人乗りだし、常にクラクションは鳴らしてるわで、とにかくわや、なまらわや。
まじ、カオス!
最後に水上人形劇なるものを見て、この日は終わった。
3日目
ハノイ最後の日は世界遺産のハロン湾クルージングツアーへ
朝8時に黄緑のシャツのガイドに連れられバスへ
車内で隣になったのは上海人で色々と英語で話しかけてくれたが・・
半分くらいしか聞き取れず、少ししかしゃべれず、本当に悔しかった。
ベトナム人も中国人もヨーロッパ人も英語ができるのに・・
もし英語を不自由なく使えたら、どんなにたくさんの人としゃべれただろうか、本気で勉強しようと思いました。
ハロン湾はすごいよかった。
海から無数の岩山がにょきにょきと生えているのだ。
ただただ唖然としていた、日本の松島をレベル100にした感じだ。
水上には家もあって、銀行まであった。
その家の1つでランチを食べ、鍾乳洞へ。
ほんとにダンジョンである。広大な大きさの鍾乳洞であった。
ほかの乗客との会話を楽しんでいるとあっという間に帰りの時刻へ。
日本人も他に4人いて、2人はOLでこれからラオスに行くそうだ。
後の2人は老夫婦でハノイに1週間滞在する。見かけによらず、カジノが趣味とのことだ。
そして、俺はそのままハノイ駅に行き、寝台列車で南下。
中部の都市フエ、ホイアンを目指す。
この2つの都市では、フエ王宮群、ホイアンの町、ミーソン遺跡と3つの世界遺産を訪れる予定だ。
まだ3日間であったが、日本では得られない貴重な経験を沢山した。
絶景や絶品もたくさんあった、そしてたくさんの人との出会いもあった。
小さな出会いだけど、大きな思い出になっている。
フエでも沢山の人に出会いました。
この話は日本語のパソコンに出会ったらまた書きます。
中部はちょうど雨季にあたり毎日雨です。
ホイアンは軽く水没しているそうです。
町を船で行ってい画像をタイ人の学生に見せてもらいました。
もうすぐホイアン行きのバスが出るので行きます。
あと10日ぐらいで帰ります。
ではお元気で!
は











