『大団円を迎える』とは、小説や演劇における最終局面でハッピーエンドを
迎えるというそうな。
人生の『大団円』を迎えたいという気持ちは誰しもが願うことだろう。
しかしながら、人それぞれの終着点にたどり着くプロセスはさまざま。
すべてが丸く収まる人は幸せだが、人生そううまくいかないことも多い。
ましてや、人生の終盤戦に入れば、思いがけない病気に遭遇したり、
夫婦であれば年老いて相方が認知症になつたり、また病気になったりと
最終局面のリスクに見舞わされたりと予期せぬ悲劇に襲われたりする。
そんな場面に出くわしたりしたらどうするのか??? どうしたいか???
そうした悲劇に必死にもがいたり、戦ったりするのも一考だが…。
或る人が そんな時には、悪あがきせず『なすがままに』を心掛けて
過ごせばいいといった知人や友人もいる。
でも、でも、と反発する心で何とかしようと戦う人や知恵を絞って
解決策を練って行動する人もかなりいるだろう。
所詮、最後は立ち向かっても、じっとしている人でも最終局面は
その人自身が歩んできた『人生の心の軌跡に帰結する』のではと
われは思っている。
『人生の大団円』を迎える心構えは、人との関りや繋がりを日頃から
どの位、自分の心の羅針盤を磨いて点検して他人と接してきたか、
また、どの位相手のことを親密に大切にしていたかが心のカギや
ヒントになるのではないだろうか。
『当たり前を当たり前に生きる自意識と勇気』が日々や日常の中で
小さな地道な積み重ねの中から人との関りの気持ちを大切にする心構え、
自身の謙虚さ等々の心の知恵を自身の心軸に埋め込んで生きる勇気を
持ち合わせているかが重要だと理解しておくことが肝要だろう。
そうはいってもその実践力と行動力の積み重ねが難しさもあるが、
それらが『大団円』を生み出すエネルギーにつながるのでは。
日々の暮らしにいろんな場面に遭遇して冷静さを失ったり、怒り心頭で
ネガティブな心があったとしても いつでもいち早く平常心に戻れることを
忘れずにいられれば、最後は意外とハッピーエンドで終われるということを
肝に銘じて最終の人生を迎えたいものと心したほうがいいかもしれない。
『人生の大団円』は人それぞれだが、少なくても最後がハッピーな日々で
人生の終着点で『ああ~いい人生だった』と言い切れるよう日々の鍛錬を
欠かさずに「家族を愛し、他人を大切にできる」己でありたいものである。
(画像はネットからお借りしました)











