般若心経の一節に『遠離一切顛倒夢想(おんりいっさいてんどうむそう)』と

いう言葉があるという。

          

凡夫である我々が考える幸福や不幸、悲しみ、苦しみなどは、神仏からは

全く逆になって見えるというのだそうだ。

         

この世に生を受け、生きる術の中で『執着しない心』『お任せする抗わない心』

が大切という。五木寛之氏が最近書いた著書『大河の一滴 最終章』の中では

「抗ず身を任せることから逆らって生きることも大事」と説いている。

    

とすれば、我のような凡夫は般若心経のような『究極の心』の真髄を読み説き

実践するには、かなりしんどい。普通の人は執着心や拘る心にどうしても

日常の中でそうした心の損得勘定が付きまとうのだから。

     

でもそれでもいいのだと我は思う。なぜなら執着する心や拘る心が瞬間的に

自意識の中で判ってさえいれば、いつでも修正できる自分がそこに在るから。

      

どこかの場面で、いつかそうした損得勘定の心を捨てたり修正できる柔軟性と

実効性が心のどこかにあるのであれば、もしかしたら『遠離一切顛倒夢想』の心を

いつでも実践できる場面と機会が与えられているかもしれないのだから。

        

むしろ、そうした現実の遭遇する場面の中では、紆余曲折の藻掻く心の在り様の

中で自分を修正できる積み重ねが大切かもしれないと想い乍ら、一日一日の

己の成長と齢の重ね方こそが、『遠離一切顛倒夢想』の心を留め置く知恵かも

しれないと思っている。

       

『遠離一切顛倒夢想』の真髄の意味合いはよく解らないけれど、自分流にその心根を

持ち合わせながら真摯に謙虚に向き合う自分で今日の一日を送れればそれでいい。

 

そう思いながら、そう心に留め置きながら、きょう一日を終わりたい。

    

       (画像はネットからお借りしました)