母宛に、ゲランからカタログが届いていた。
久しぶりに、ラグジュアリーな香水や化粧品を見て、なんだか懐かしい
気分になった。
考えてみれば、昔はこういうものがもっと身近にあったなぁ。
母や姉が、クリスマスコフレなどを買っていたのも覚えてる。
バブルの頃、maruはほんの少しのお小遣いで生活している学生だった
から、ディスコに通い詰めたとか、金曜日の仕事が終わったらそのまま
週末を香港で過ごして日曜の晩に帰ってきて…なんてゴージャスな経験
はひとつもない(もう少しお姉さんだったら、そういう経験が出来たのかも
しれない)。
だけど、世の中全体がバブルだったから、学生のmaruでもいい経験は
できたと思ってる。
景気が良かったから、街には質の良いものが溢れていた。
もちろん、当時は欧米先進国もみんな景気が良かったから、東京の街
には、日本製のものだけではなくて、米国製や英国製、フランス製、
イタリア製など一流品がたくさん売られていた。
maruはそれらを欲しいと思ったらすべて買えるような身分ではなかったけど、
お小遣いを貯めては、憧れの洋服なんかを買ったんだよね。
すごく楽しかった。
フランス製のジーンズや、アメリカ製のスウェットパーカ、セーターなどなど。
当時は、ジーンズが一番かっこいいと勘違いしてたからなぁ(笑)
必然的に、上に合わせるものもスウェットシャツとかになっちゃう。
それがまたカッコイイと勘違いしていた・・・けど、当時はそれらもきちんと
米国製で、まじめに作られたものだったんだよね。
中には、いまでも着ているものもあるよ。
maruは、当時渋谷が大好きで、ひとりでも友達とでもしょっちゅう通ってた。
買えるものは限られていたけど、とにかく街を見て歩くのが楽しかった。
渋谷から原宿に向かって、ファイヤーストリートを歩くのも好きだったし、
途中で明治通りに出て、ラフォーレのほうまで歩くコースも好きだった。
渋谷のガサゴソとした狭苦しいお店を練り歩き、さきほど書いたような、外国
製の洋服や靴やバッグなどを死ぬほど見たよ。もうほんとうに、たっくさん
見た。観察したり触ったり、香りを感じたり。あの頃、良いものを「見る目」を
勉強したんだと思ってる。
あの頃を経験しなかったら、今のmaruはないと思う。
景気が良い時代に、好奇心旺盛な思春期を送れて、良かったなぁって思う。
maruが10代の頃のおしゃれエピソードについては、またいつか触れるかも
しれませんが、そのときはお付き合いくださいね。


