クラクフ バルバカン

Restauracja Jarema
ミシュランの盾がズラリと並んでいる🤩

ウクライナ風ボルシチ⭕️
豚肉のロースト   ◯
デザートなんやったかな?

他の料理も試してみたいと思った
外で食べてる人のが
おいしそうやった🤤

外のテラス席はこんな感じ☝️

午後からは
今回の旅のメインイベントとも
言える
アウシュビッツ絶滅収容所
を訪問します。

アウシュビッツビルケナウ
絶滅収容所
ネットで検索かけると
「強制収容所」とでてくるが、
ガイドさんは一貫して
「絶滅収容所」と発して
おられた。
運ばれた時点で多くの人は
ガス室行き。
ユダヤ教を信じる者を絶滅させる為の施設だから。
表記はそれに合わせます。

各国から訪問者が大勢きている。
駐車場降りた時点で、にこやかな人は1人もいない。

貨車で運ばれてきて選別があり、
労働者に振り分けられた者が
この施設で寝起きした。

収容棟と監視塔

鉄条網の柵は二重になっていて
夜は電気が流される。
感電死(自殺)が後を
絶たなかった。

この門のアーチには
ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になれる)と記されている。
よく見るとBの文字が逆さになっている。
これはこの看板を作らされた
収容者のせめてもの抵抗の跡だ。


「過去を思い出さない者は、それを繰り返す運命にある」

ジョージ・サンタヤナ
(アメリカ人の哲学者、詩人)

1940年から1945年にかけて、
ナチスは少なくとも130万人を
アウシュヴィッツに移送した。

ユダヤ人110万人、

ポーランド人14万人から15万人、

ロマ人2万3千人、※ジプシーのこと

ソ連軍捕虜1万5千人、

その他の国籍の捕虜2万5千人。

そのうちの110万人がここで殺された。
残り20万人が無事だった訳でもなく、ただ行方がわからないだけ。

だって、いちいち名前を確認したり、しないからね。

ゲットー(ユダヤ人居住区)を
新たに作ると
騙されて列車に詰め込まれる。

写真下 親衛隊による選別
「あなたこっち、アンタこっち」
ガス室行き、労働行き、健康そうなのは人体実験。

労働行きで「やった!良かった」
ではなく、死んだほうがマシと言うくらいの労働が待っている。

ろくな食事もなく、同胞を引っ剥がしてガス室入れたり、焼いたり
拷問したり。
最後には精神崩壊してしまう。

ガス室の模型
まずはシャワーを浴びようと言って服を脱がされガス室に入れられる。

殺人剤チクロンBの空缶

ユダヤ人がお祈りの時に使用する布  タッリート

脱がされた靴。
子供用、成人用とわけられ
ドイツへ送って再利用された。

後で返すから名前書いとって、
と嘘をつく。
これらがきっかけとなって、
遺族が判明することもあった。

思わず、込み上げてしまったのは
切り取られたおびただしい量の
髪の毛。
とんでもない話やけど、布を作る時に編み込まれて使われた。
死者に配慮して、撮影禁止となっていた。

最初は藁やマットレスが敷かれた。
沢山詰め込むため、3段ベットに。
1ベットに3、4人寝せる。
ベットは当然、労働者に作らせる。

壁などなく、人間の尊厳など
あるはずもなく、トイレは1日2回
後は垂れ流し。
垂れ流し状態になったら
死んでしまう。

人体実験が行なわれていた第10棟
右側に11棟。
特にユダヤ人の強制避妊手術の
研究が行なわれていた。
非アーリア人を根絶やしにするため。
10棟は見学不可
11棟は政治犯を裁く為の
ゲシュタポ簡易裁判所。

裁判とは名ばかりで
はい、死刑。はい、死刑。
のようなものだった。

地下は牢獄。
狭いスペースに沢山入れる
立ち刑
餓死刑などがあった。
餓死刑で有名な話として…

カトリックでユダヤ人ではないが
コルベ神父はナチスの思想に
反するということで
アウシュビッツ絶滅収容所で強制労働に従事させられていた。

1941年7月29日に、脱走した囚人の見せしめのために選ばれた囚人が処刑されそうになったところ、自分には身内がいないからと
いって死刑を志願。
選ばれた囚人の代わりに独房で
餓死刑にされ、最後はフェノールを注射して殺害された。

10棟担当医師
ヨーゼフ・メンゲレ
思い出すのもきついし、どんなことしたか、書いていいのかもわからん。

また、10棟と11棟の間には
死の壁というのがあって、
ゲシュタポ裁判での、銃殺刑
が行なわれた場所。

花が供えられていて、
とても写真を撮る気に
ならなかった。

芝生の青さが逆に物悲しい。




囚人たちは上着に色分けされた三角札を着けられた。

囚人それぞれの経歴を簡単に識別できるよう、そして別々の
グループの囚人をお互いに
対抗させるためだった。

共産主義者、社会主義者そして労働組合員などの政治犯は、
赤い三角札を着けた。
一般的な犯罪者は緑。
ロマ(ジプシー)などは、
「反社会的」または「無能」とみなされ、黒い三角札を着けた。
エホバの証人は紫、同性愛者は
ピンク。
文字は国籍を示し、たとえば、
Pはポーランド、SUはソ連、
Fはフランスだった。

また、髪を剃られ左前腕部には登録番号が彫られた。

点呼に遅れたりすると
見せしめの為、ここに吊るされる

奥が
収容所所長ルロルド·ヘスが
家族と共に住んでいた。

関連する映画あります。

ルロルドヘスとその家族の暮らしぶりを描いた内容。
直接的に恐ろしい場面がでてくるわけではないが、
壁の向こうとこちら側の落差を
じわじわ感じさせる演出に
なっている。

収容所解放後、所長ヘスが吊るされた場所。
皮肉にもヘスはアウシュヴィッツで最後の死者となった。


長くなったので、続きとします。