どうも、はちごろうです。


今日届いた日本を代表する名優、高倉健さんの訃報。
もうね、選挙の話なんかしてる場合じゃないんですよ。
とはいえ、私はそんなに作品を観ているわけでもないし、
なにより健さんに関しては別の機会に書くべきか?とも思う。
だから代わりにというのは失礼な話なんですが、
声優の納谷六朗さんの訃報について。
どうしても昨年鬼籍に入った兄・納谷悟郎さんと
セットで語られることの多い声優さんでしたが、
個人的には「クレヨンしんちゃん」の組長先生ですかね。
あとは海外ドラマ「er」のモーゲンスターン部長役とか。
どちらさまも、謹んでご冥福を。
さて、映画の話。




「100歳の華麗なる冒険」











スウェーデンのベストセラー小説を映画化したコメディ。
本国スウェーデンでは数あるハリウッド大作を抑えて大ヒットを記録。
老人ホームを脱走した100歳の老人の人生と冒険が描かれる。



あらすじ


アランは飼猫を狐に食い殺されたことに腹を立て、
ダイナマイトで爆殺したことにより老人ホームに入れられた老人。
100歳の誕生日を迎えたその日、彼は自室の窓から脱走を企てる。
アランはその足で近くの駅に行き、一番早く出発するバスの切符を買う。
そこへ、スーツケースを引っ張ったチンピラ風の若者がやってくる。
彼はトイレに入ろうとするがスーツケースが邪魔だとわかると、
そこにいたアランに「このケース、持ってろ」と命令してトイレへ。
ところがそこへアランの乗るバスがやってきたため、
彼は若者のスーツケースを持ったままバスに乗り込んだ。
トイレから戻った若者は老人がケースを持ってどっか行ったことに激怒。
駅員を脅してアランの行方を追い始める。
一方、行き先のバスの停留所で降りたアランは
そこにいた老人ユーリウスに助けられ、食事をごちそうしてもらう。
ところがアランがトイレに行ったすきに若者が追いつき、
ユーリウスに暴行を加えようとしていたので彼を木槌で殴り倒す。
アランとユーリウスが持ってきた彼のスーツケースを調べると、
なんとギャングの売上金5000万クローナが入っていた。




ギャングが最も恐れるもの



本国スウェーデンで爆発的な大ヒットを記録した本作なんですが、
この作品を観ていて二つの作品を思い浮かべました。
一つは「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」というドイツ映画。
病院で末期がんと宣告された青年が
同じく脳腫瘍と診断された青年と意気投合。
「海を見たことがない」という言葉をきっかけに、
二人は病院を抜け出し、駐車場にあった車を盗んで旅に出る。
ところがこの車の持ち主がギャングだったために・・・という話なんですね。
ところで、なぜ人はギャングというか、暴力集団が怖いのか?というと、
実は彼らが暴力をふるうからではないんですね。
彼らの真の怖さ、それはどこまでも「正論」を重んじるからなんです。
人間はそうそう常識的に、清廉潔白に生きていけるわけではない。
生きるためにはつかなければいけないウソ、
しなければいけない不正を重ねる、
そんな局面に出くわすことが何度もあるはずです。
彼らはそこを突く。「あなたは悪いことをしてますね」と。
つまり彼らが暴力を使うのは最終的な手段であって、
あくまで彼らは常識の内側にいる。そしてその常識の側から、
やむを得ず非常識な言動を取る人を責めていく。
人々が彼らに恐怖する真の理由は実はそこなんですね。
ところが彼らにも恐れる存在というのがある。
それは彼らが「常識」というものを武器にするがゆえに生じる弱点。
それは「非常識」そのものなんですね。いわゆる常識のない人。
例えば彼らの暴力に人々が恐れるのは、痛みや死、
今まで築き上げてきた社会的地位を失うことが怖いから。
ところが前述の末期がん患者の二人や、本作の主人公のように、
もうすでに死期が近い人にはどんな脅しをかけても無駄なわけです。
なかでも「死の恐怖」という、人間誰しもが共有しているはずの基本的な常識、
これを無視している、もしくは欠落している存在が
「常識」を武器にしている彼らにとっては一番厄介なわけです。
で、この両者の間の常識のすれ違いが笑いを生むんですね。
「死」をちらつかせても相手が動じない、いつもの脅しが通じない、
「なんだこいつら!?」って戸惑う感じが爆笑を生む。
ここがかなり面白いんですよ。




「爆破すること」で20世紀を作った男



そして本作を観ていて思い出した作品のもう一つ、
それはオスカー受賞作の「フォレスト・ガンプ 一期一会」。
知的障害の青年が戦後アメリカの歴史を駆け抜けた名作ですが、
彼は母親や幼なじみ、出会う人の忠告を、深く考えずただ守るだけで、
戦後のアメリカの歴史的な出来事に結果的に影響を与えていく。
実は本作の主人公アランも似たような人生を歩んでいくんですね。
「フォレスト・ガンプ」の主人公は走ることで歴史を作りましたが、
本作のアランの場合は「爆破すること」で歴史を作った。
父親はスウェーデンの貧困の原因はキリスト教カトリックの教えと
それによる避妊の禁止にあると考え、コンドームの普及を訴えて処刑される。
このことから彼は母親から「余計なことは考えるな」と言われる。
ちょうどその頃、彼は火薬の魅力にとりつかれ、
日がな一日いろんなものを爆破していく。
もう爆破に次ぐ爆破だけの人生を送っていくんですが、
それが結果的に歴史を作っていくという非常に皮肉な展開なんですよ。
スペインの独裁者フランコ将軍を結果的に助けてしまったり、
アメリカのオッペンハイマー博士の下で働いて原爆作ったり、
帰国後にロシアに連れていかれてスターリンと会ったり。
フォレスト・ガンプが20世紀を明るく描いたとすると、
本作は20世紀の暗部、「戦争の世紀」を描いた感じなんです。




天使と悪魔は表裏一体



さて、一般的に映画の中に登場する特定のキャラクターには
「人ならざるもの」のメタファーを与えられる者たちがいる。
例えば前述の「フォレスト・ガンプ」の主人公フォレスト。
彼は知的障害を抱えながらもそのことを苦にせず、
ただ周りの意見を聞き続けた結果、成功を得るだけでなく、
アメリカ社会全体を幸福に近づける役割を担っていたわけです。
実は昔からこうした「知恵のない者」というのは、
物語の中で「天使」のメタファーを背負わされることがある。
知恵がないので純真無垢で、目の前の人や物事を
自分の損得を考えずに真っ直ぐに見つめ続ける。
結果、人々に幸福をもたらす守護天使という存在。
しかし、「天使」は純真無垢なゆえに
人としての道理というものが欠落している、
または常識や人情といったものの範囲の
外側にいる人物でもあるわけです。
これを端的に表現していたのがジョージ・クルーニー主演、
アカデミー賞にもノミネートされた「マイレージ・マイライフ」。
主人公は企業の人事担当者から人員削減を外注された企業の社員。
毎日、全米各地を飛行機で移動しながら見知らぬ社員を解雇する。
常に飛行機で移動、つまり空の上を飛んでいて、
相手にどんな事情があろうが関係なくクビ、つまり死を宣告する。
これもまた「天使」のメタファーでもあるんですね。
天使はあんなイメージだからいいイメージを持ってる人もいるけど、
実際にやってることは天国への案内人、
つまり死を宣告してると一緒なわけです。
で、本作の主人公のアランはまさに「天使」そのものなんですよ。
年齢は100歳を迎え、まさにいつ死が来てもおかしくない状態。
彼の人生は常に世の中を破壊することだけで埋め尽くされていて、
もはや常識すら超越して、どんな事態になってもピクリとも驚かない。
そして彼の言動によって周囲の人間は常に叫び声をあげる羽目になる。
こうなるともはや「天使」というより、「悪魔」に近いですけどね。


我が敬愛する落語家立川談志師匠の言葉に
「バカは対岸の火事より怖い」というのがある。
いろんな解釈もできますが、火事は一応消すこともできるし、
燃やせるものがなくなれば消えるので限定的な災難なわけです。
ところが、火事と同じくバカは周囲の人間に災いをもたらすけれど
火事と違って生きている限りはずっとその災いが続く、
つまり他者の思い通りに排除させることが出来ない上に、
本人が他者に迷惑をかけている自覚がないから余計に怖いわけです。
本作の主人公アランはまさにバカの見本。
そしてそんなバカが出会った人々を、世の中を良くも悪くもしてしまう。
「世間はバカで作られていく」という見本のような映画でした。
かなりの掘り出し物なので、時間があれば是非!



[2014年11月16日 新宿ピカデリー 5番スクリーン]





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