どうも、はちごろうです。

第84回米国アカデミー賞が今日発表され、
下馬評通り「アーティスト」が作品・監督・主演男優を含む
最多5部門で受賞という結果になりました。
昨日書いた個人的な予想の結果は4勝2敗。
特に主演男優賞、主演女優賞を外したのはちょっと悔しかったです。
主演女優賞は今回でノミネート17回のメリル・ストリープ。
3度目の受賞で本人も「テレビの前じゃ『またか』と思ってるでしょうね」と
よくわかってるスピーチをしていたのが印象的でした。
受賞作「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」は来月16日公開。
作品賞の「アーティスト」は4月7日公開の予定です。
さて、では昨日観てきた映画の話を。

「おとなのけんか」

トニー賞受賞の傑作舞台劇をロマン・ポランスキー監督が映画化。
ジョディ・フォスター、ケイト・ウィンスレット、クリストフ・ヴァルツ、
ジョン・C・ライリーの4人の演技派が熱演を繰り広げる。
NYのブルックリンのとある公園で、子供同士が口論の末、
一方が持っていた木の棒で相手の顔を殴打する事件が起きる。
殴られた子供は上唇にけがを負い、前歯が2本折れた。
事件を受けて殴った少年ザッカリーの両親と
被害者の少年イーサンの両親が和解の話し合いを持つことに。
ザッカリーの父親は弁護士をしているアラン。
母親は投資ブローカーのナンシー。
片やイーサンの父親は金物商を営むマイケル。
母親は文筆業をしている主婦ペネロペである。
4人は当初は紳士的に、常識的に話し合いをしていたが、
互いの些細な言動から次第に険悪な空気になっていくのだった。



ほぼ満点のキャスティング


主演の4人のうち3人がオスカー経験者。そして監督もオスカー経験者だけあり、
映画冒頭から実に巧みというか安定感ある物語運び。特にキャスティングが絶妙。
アラン役は「イングロリアス・バスターズ」で冷酷かつ狡猾なナチの将校を演じ
その年の賞レースを総なめにしたクリストフ・ヴァルツ。
本作でも子育てよりも仕事を優先させるエリート弁護士を、
まさにいけすかないインテリ感ぷんぷんで演じてる。
そしてそんな子育てに積極的でない夫を快く思っていない妻のナンシーは
「レボリューショナリー・ロード」でオスカーを受賞したケイト・ウィンスレット。
当初は上品かつ冷静に振舞っていた彼女が
次第にアランやマイケルなど「夫」たちに怒りを向けていく姿がどんぴしゃ。
片や怪我をした少年の父親マイケルを演じたのが
「シカゴ」でオスカー候補になったジョン・C・ライリー。
知的水準も、稼ぎも少ないが人生に満足している小市民役が実によく合う。
そしてそんな夫と対照的に社会問題に関心を持つ主婦ペネロペに
「羊たちの沈黙」「告発の行方」のジョディ・フォスター。
まさにリベラルなインテリにぴったりといった感じである。



自分と常識を繋ぐための小道具


さて、映画は子供同士の喧嘩の仲裁のために集まった親たちが
互いの主義主張が露わになっていくことで険悪な状態に陥っていく。
それはさながら「自分こそが一番常識的だ」という意地の張り合いである。
そんな常識人バトル、それぞれが持つ小道具が重要な役割を果たしている。
例えばアランの場合は「携帯電話」。話し合いの最中にも仕事の電話がかかり、
残りの3人はその都度会話を止め、彼の電話が終わるのを待つはめになる。
当然のことながら彼が話し合いの途中でその場から離れることは
3人にとっては話し合いの場を乱す「非常識な行為」であるわけだが、
裏を返せば携帯電話こそが喧嘩の仲裁という「非常識な場」から逃避する手段であり、
アランが「大人」としての立場を保つための重要なアイテムなのである。
同様に、残りの3人にもそれぞれ自分を「大人」として保つための道具を持っている。
ナンシーの場合は「化粧品の詰まったバッグ」であり、
ペネロペの場合は「美術書」と、執筆中の本のテーマである「アフリカの紛争問題」。
そして一番文化レベルの低いマイケルの場合は「教養ある妻」、
つまりペネロペの存在が彼を他の3人と同列に並ぶためのアイテムとなっている。
そして互いが互いの精神的支柱を失ったり、けなされたりすることをきっかけに
その険悪なムードがその深刻さを増していくのである。
とまぁ、このことからもわかるように、現代人というものは携帯電話や化粧品、
社会問題への関心といった「常識に帰属するためのアイテム」を使うことで、
実社会や一般常識というものと繋がろうとする生き物だということが伝わってくる。


文字通り「子供の喧嘩に親が出る」ことで露呈する常識人の化けの皮。
それを上映時間74分という今どき珍しい短さでテンポよく伝える手際の良さ。
欲をいえばカット割りをもっと少なくて4人のやりとりをじっくり見たかったが、
プロフェッショナルが集まった手堅い仕事は一見の価値あり。
常識人の仮面が剥がれ醜い素性をさらす羽目になる4人の男女の姿は
はたから見ればまさに滑稽。大人の鑑賞に堪える極上のコメディである。