栄える文明があれば、滅びる文明もある。
文明なんて大げさな言い方をしなくても、毎日のように新しく生まれるものがあれば、消えていくものがある。
廃墟もその一つ。完成したばかりの頃は新しい時代や生活の始まりを予感させただろうが、今ではそれも昔の話。朽ちた柱や壁だけが、思い出の欠片と共に残っている。
そしてこの広い宇宙には、そんな廃墟がまさに星の数ほどあるわけで、さらにはそんな廃墟が好きな物好きもそれなりにいるわけである。
「うーむ、サッター隊員。ここは中々の当たりではないかね?」
やたらとテンションが高い女の子がヘッドライトの灯りをそこかしこに当てながらはしゃいでいる。
「はいはいアカさん。ちゃんと足元見ないとまた転びますよ」
「まったく、ちゃんと画が撮れる所をまず探してくれよ」
アカと呼ばれた少女の後から、二人の同じくらいの歳の女の子が続いて廃墟の中に入ってきた。
「いつものことながら、何でもっと気持ちを入れないのかね?ナーハ隊員!」
「私はこれでも、すごく盛り上がってるつもりなんですけどねー」
アカと違って、常にマイペースのナーハは廃墟の中だろうが、宇宙船の中だろうが常にこの調子だ。
「サッター隊員は何でカメラ越しにしか見ないんだ!もっと生の目で見ないと本当の廃墟の良さが分からないだろう?」
「いいんだよ、良さなんて分からなくても。私はこれがどれだけ金になるかしか重要じゃないから」
カメラを片手に動画を撮影しているサッターは、その動画をスペースネットにアップして稼いでいる投稿者だ。彼女は他にもいろいろと手広く商売を手掛けていて、その稼ぎはこの「宇宙廃墟探検隊」の活動資金にもなっているから、アカはあまり大きな声で彼女を批判することができないのである。
「とにかく、長い調査の果てにせっかく辿り着いた新種の廃墟だ。まずは楽しむことを前提としてくれ」
彼女たちが今回訪れたのは、とある惑星にある高層タワーの廃墟である。60階という巨大な建造物であるにもかかわらず、廃墟となった後でもそれほど崩れずに原型を留めていた。
彼女たちの目的は宇宙に残っている廃墟を探し、調査することだ。
今回の高層タワーを1階から調べてみたところいくつか気になったところが見つかった。
「とりあえず10階までは来ましたけど・・・」
「1階分が広いからめっちゃ手間取るなこれ」
サッターとナーハが休憩のために座りこんで水を飲んでいる最中も、アカは隅から隅まで調べようと辺りを動き回っている。
「ほんとにアイツの体力は底なしだな」
「好きなんですよ。心から、廃墟が」
くつろいでいる二人の元に、アカが猛スピードで戻ってきた。
「発見!発見!大発見をしたぞ!」
「ああ、うるさいうるさい。聞いてやるから少し落ち着け」
「このビルは全ての階に映画館が併設されている!」
「・・・1階から9階までシアタールームがあったんだから、そりゃ10階にあってもおかしくないだろ」
サッターの言う通り、このビルには1階からずっと各階ごとに、100人程は入れそうな映画を観るためと思われる部屋があった。
「このビル自体かなり広いからな。部屋もたくさんあるし、たぶん富裕層向けのマンションだったんだろ」
「で、それのどこが大発見なんですか?」
その時、アカはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに鼻息を荒げて自分の考えを語りだした。
「たぶんここはただのマンションなんかじゃないんだ、きっと。ここはな、日常を映画化した、ビル全体が一つの作品とも言える場所なんだ!」
「はあ?」
サッターが何言ってんだという顔を露骨にしたがアカは構わず続ける。
「たぶん、ここの住人は自分のフロアだけで生活して、絶対に上下の階には行かないんだ。その証拠に各フロアには生活用品が買えたと思しき店舗のような跡もあった。そして全ての階にある映画館。それは、他の階の人たちの生活を映画化して鑑賞するためのものだ。それを観ることで他の階を別世界としてとらえていたんだ。つまり、このビルは60階層のそれぞれが独立した60個の世界と言ってもいいんだよ!」
早口でまくしたてられたアカの持論を二人は静かに聞いていたが、
「えっと、ここの人たちは何のためにそんなことをしていたんですか?」
「だいたい、ここに来るまでに普通に階段上ってきただろ」
当然のようにツッコミを入れられてしまう。
「い、いいんだよ。そう考えた方がロマンが広がるだろ」
アカにとって大切なのは、廃墟そのものというよりも、廃墟になる前はそこにどんな世界が広がっていたかという空想なのである。
その広げた空想を物語にまとめて発表するのが、彼女たち「宇宙廃墟探検隊」の活動だった。
「ロマンは大事だけど、リアリティの無いロマンはただ薄っぺらいだけで金にはならん」
「金の問題じゃないやい!いかにイメージが広がるかだろ!」
「まあまあ、そこはまた皆で話し合いましょうね」
彼女たちにとっては、その廃墟の時代的な事実などどうでもいい。ただひたすら自分たちにとってどういう価値があるか、それだけが彼女たちの原動力なのである。
後日、ミステリーのジャンルで『ビルの中の60世界』というタイトルの物語が発表された。