「旅人さん、いい時に来たね」
旅人のスタルは、屋台のオヤジから串焼きを受け取る時にそう言われた。
彼がこのシュテールの街を訪れたのは偶然で、ちょうど祭りの時期だったようだ。
彼が街に到着したのは昼間だったが、その時から既に街中に屋台が並び、建物の間には色とりどりの旗が吊るされ、そこかしこから歌や楽器の演奏が聞こえてきていた。
その騒ぎは日が沈んでも静まることなく、むしろどんどん熱は上がっていった。
日が落ちると同時、赤や青や緑の炎が街を照らしている。特殊な植物を燃料にして燃やすことでこのような色々な炎を作り出しているらしい。
「随分と活気のある祭りだな。一体何の祭りなんだ?」
「ああ、それはね・・・おっと、そろそろ始まる頃だよ」
その直後、空気が破裂したかのような猛烈な爆音が一体に響いた。その衝撃で周りの屋台が震えるほどだった。
スタルはその音がした方に視線を向ける。
その音は上空から来ていた。
空を見上げて数秒後、真っ暗な夜空に現れたのは、眩い光の輪だった。それから2、3秒後にまたあの音が空気を震わせた。
「花火か」
いきなり身が縮む程の爆音を聞いたときは何事かと思ったが、空に花咲く火を見た後は自然と笑みがこぼれていた。
街の人たちもほとんどが空を見上げ、楽しそうに歓声を上げたり、手を叩いて盛り上がっていた。
だが、スタルは少し違和感を感じていた。
「立派な花火だけど、ちょっと変わっているな。俺が今まで見た花火はもっと形が整っていたぞ」
彼の言う通り、花火たちは決まった形を持っていなかった。光と火の欠片たちはあちこちで、円形だったり、潰れたひし形のようなものだったり、バツの字に弾けたりしていた。
大きさや形、タイミングもバラバラで統一感は全くなかった。
「あれはね、実は花火じゃないんだよ」
オヤジは串焼きを焼きながら、花火を見るという器用な手裁きを披露しながらスタルに詳細を教えてくれた。
「あれは、決闘なんだ」
「決闘?」
「一年に一回のこの日に、星の魔女と夜空の魔女が決闘をするんだ。花火に見えるのは、二人の魔法が激突してる証拠だよ」
「魔女の決闘?あれが?じゃあこの祭りは」
「そう、祭りの日に花火を上げてるんじゃない。二人の魔女の決闘の日に祭りをやってるんだよ」
「危なくないのか?」
「決闘はずっと上空でやってるから、地上に被害は無いよ。こうやってもう300年も続いてる由緒正しい祭りなんだ」
つまり300年も年に一度、決まった日に決闘をしているということだ。
魔女というのは世界の各地にいるらしいが、こんな魔女は初めて聞いた。
それから実に2時間近くに渡って決闘は続いた。その間、何度も空では光が闇を切り裂き、轟音が響いた。
二人の魔女とやらは、自分たちが戦っているその下で、人々が祭りを楽しんでいることを知っているのだろうか。
夜空には魔法同士がぶつかった証として、灰色の煙が塊となって流れていた。これも花火ではよく見る光景だ。
だがスタルには、西からの風で流れていく煙の塊が、二人の魔女が流した血のように見えていた。