最初の男。 | 幼恋。

幼恋。

小さいころの私の、理想の恋愛のかたち。

"男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる"って、どこかで聞いた気がするけど、本当にそうかもしれない。
僕にはもう可能性は残ってないけど。

碧の初恋の相手は祐さん、ファーストキスの相手はカール、初めての彼氏は加賀さん、そしておそらく初Hの相手も・・・。
まぁ、悔しくないといえば嘘になるけど、自分の気持ちに気付いたのも遅かったから、自業自得と言えなくもない。
だから僕はむしろ、碧の"最後の男"になりたいと思ってる。
やっと手に入れた大好きな彼女を、僕は一生手放す気はない。

「いらっしゃい、比呂くん」
おばさまが出迎えてくれた。18の誕生日を迎えた次の週末、僕は碧の両親を訪ねていた。
今日、碧はバイトで(センター試験が終わってから週一でバイトを再開した)、帰ってくるまで2時間ほどある。

僕は慎重にじっくり考えた。
どうしたら僕と碧はずっと一緒にいられるだろうか。
より確実に、限りなく100%に近い成功率を収めるにはどうすればいいか。
考えに考えた。
焦りは禁物。じっくり攻めていこうと思う。

「それにしても随分早く来てくれたのね、比呂くん。碧が帰ってくるまであと二時間はかかるっていうのに」
ウキウキという表現がしっくりくるような様子で、おばさまが紅茶を用意してくれる。
「よっぽど碧に早く会いたいのねー。私としては比呂くんとお茶できて嬉しいけど。今日はどこでデートするの?」
このストレートさとサバサバさは、碧にはないところだ。
「これこれ、美紗」
おじさんが慌てて止めに入る。
「あまり二人のことに干渉しちゃだめだよ。ごめんね、比呂くん」
どちらかというとこういうところは、碧は父親似だと思う。
「あ、いえ。今日はバイトの後で碧も疲れてると思うので、夜ごはんを食べに行って来るだけです。8時半にはお送りできると思います。」
僕はサクッと答える。

おじさんがソファに座るよう勧めてくれた。僕は立ち止まり、深呼吸する。
勝負の始まりだ。
「今日は大事な話があって、お二人に会いに参りました」
僕の様子に二人は目を合わせて、再び僕に視線を戻す。おばさまは持っている紅茶の乗ったトレーをサイドテーブルに置き、おじさんの隣に座る。
それを確認してから僕は、床の上に正座する。
「あら何、比呂くん。もしかして碧と結婚したいなんて言い出すんじゃないの?」
とおばさまは、いとも簡単に僕の言いたいことを三段跳びで当ててのける。
僕とおじさんは同時にブッと吹き出す。
「あ、いや、それは・・・」
それももちろん、言う予定だけど順番が・・・。
「美紗、先走らない。まず比呂くんの話を聞こうじゃないか。比呂くんもそんな床の上じゃなくて、ソファに座って。なんか、話しにくいよ」
おじさんは一瞬、おばさまの言葉に慌ててたけど、すぐに冷静になってそう言うと、困ったように頭をかいた。
僕は床に座ったまま、軽く深呼吸する。
「いや、このままで。お願いがあるんです」
僕は二人を見上げる。
「碧と僕が2人で東京の大学に合格したら・・・一緒に住むことを許可してもらえませんか?」
おじさんはビックリ顔、おばさまはあら〜と嬉しそうな顔。ホント、対照的だな。
「いや、それは・・・」
おじさんが口ごもってる横で、おばさまがサクッと答える。
「いいんじゃない?女の子の一人暮らしより安全だし。でも比呂くん、ご自宅から大学に通うのかと思ってたわ。だって比呂くんが行きたいとこって、横浜じゃなかった?」
おばさまがおそらく反対しないであろうことは予想できていた。だから僕は、おじさんに納得してもらおうと話に来たんだ。
「両親は、僕が自宅から通うのを望んでいましたが、僕は自立の意味も込めて一人暮らししたいんです。祖母も賛成してくれてますし、一人暮らしの資金も多少はバイトで貯めています。それに僕も、碧のことが心配なんです。彼女がしっかりしていて、一人暮らしを難なくこなせることも分かっています。でも」
僕は改めて彼女の両親を見る。
「彼女はとても魅力的だから、多分すごくモテると思うし、だからこそ心配なんです。変な男に付き纏われたりしないかとか。それはお二人も同じだと思うんですが」
さらに僕には、碧を他の男に取られるかもしれないという不安もある。
「それに、一人暮らしというのは少し不経済だと思うんです。僕はいずれ…」
もう一度深呼吸する。
「・・・いつになるかは分かりませんが、碧と結婚したいと思っています。いつか一緒に暮らすなら、早めの方がいいのかもしれないと思って。家具も家電も、2人用のを始めから揃えた方がいいのかも、とも思っています」
僕が(努めて)淡々と話すのを、2人は目を大きくして聞いている。おばさまは両手を頬に当てて少し喜んでいるように見える。
僕は両手を床について、頭を下げた。
「お願いします。碧と、結婚を前提に付き合わせてください・・・!」
僕はまだ、碧にはプロポーズもしていない。
でもきっと、時間をかければきっと、碧は考えてくれると思う。
その前に、ずる賢い僕は、周りから固めていくことに決めたんだ。僕の両親と碧の両親を納得させる。それが1番の近道に思えた。
しばらくの沈黙の後、最初に声を出したのは意外にもおじさんだった。
「顔を上げてくれないか、比呂くん?」
その声に恐る恐る僕は顔を上げる。
おじさんの顔はあくまでも穏やかだった。
「嬉しいよ。比呂くんがそんなに真剣に考えてくれたなんて。なぁ、美紗?」
「そうねぇ。幸せねぇ、うちの娘は」
僕は安堵のため息を吐く。
「でも俺は、まだ少し早いと思うんだ」
おじさんは続けた。
「君たちはまだ若いし、少し慎重に行った方がいいと思う」
まあ、それは予想通りだ。すぐに同棲を許可して貰えるとは毛頭思っていなかった。
「君たちはしっかりしてるし、僕たちも信頼してる。でも、何があるかは分からないし、責任能力があるかも問われるようになる」
それは、分かっているつもりだ。一緒に暮らしたら、二人の生活に溺れて、勉強が疎かになる可能性もゼロではない。
「あらあなた、碧が妊娠するかもって心配してるのぉ?」
突拍子もなくおばさまが割って入る。
僕とおじさんがまたもやぶっと吹き出す。
「美紗!君って人は・・・!」
「あら、でも比呂くんは、ちゃんと責任とってくれるわよぉ」
とおばさまは僕にウィンクする。
グッドタイミングだ。
僕はカバンから取り出した紙を2人に差し出す。
「え・・・」
二人は絶句していた。
それは、婚姻届。
僕の名前と、両親の署名の入った。
「おばさまのおっしゃるとおり、全ての責任を取る覚悟でいます。両親とも話し合い、両親も賛成してくれています」
僕は婚姻届を二人に手渡す。
「これをお二人にお預けします。碧が決心してくれたら、僕はいつでも結婚する準備はできています」
僕は深くお辞儀した。
そして付け加える。
「碧は、何も知りません。まだ、彼女に直接プロポーズもしていません。でも僕は、真剣な気持ちで彼女と付き合っていることを、お二人に伝えておきたかったんです」
これを伝えられたら、今日は上出来だ。
そう思っていた僕に、おばさまが上機嫌で絡んでくる。
「やーん、嬉しいっ。比呂くんが義理の息子になるのねぇ。最高じゃない、あなた?」
おじさんは少し複雑な表情だ。
「嬉しいけど、なんかまだ実感湧かないな。あの碧が、誰かのお嫁さんになるなんて」
「あら、でもわたし、まだ認めたわけじゃないわよ?」
おばさまが指を立ててちちちっと振る。
「碧にも選択肢を与えなくちゃね。比呂くん、今度は離婚届も持ってきてねー」
やっぱりおばさまだ。
「何かあった時に、例えば比呂くんに非があった時に、すんなり問題なく別れられるように、離婚届も用意しといたほうがいいわよね〜♪」
僕が浮気した時のため、だよな。これの意味するところは。まぁそんなこと、万に一つも起こらないけど。
「分かりました。それじゃこれも」
僕は離婚届もおばさまに渡した。
予想済みだったから、用意しておいたまでだ。
「あら、比呂くんさすがねぇ」
おばさまと僕のやりとりに、おじさんが目をチカチカさせている。
「なんか、すごいな、比呂くん。容易に10年後が想像できるよ」
おじさんも失笑した。
「ですね」
僕もようやくほっとして笑う。
「あら、紅茶が冷めちゃう前に飲みましょう♪」
おばさまの声に、ようやく僕は立ち上がり、ソファに座った。