妹が帰ってきた。
「比呂〜、買い物行こーよ」
ドイツのインターナショナルスクールに通い続けると、こうも変わるのか、と思うほど妹は変わった。
フルートは趣味に留めて、僕の勧めに従ったのかは定かではないが、バドミントンを始めた。
それが性に合っていたようで、すっかり体育会系。
親の期待から解放されてタガが外れたのか、本来の性格なのか、男付き合いが派手になった。しかも褐色系の男子ばかり。
そのせいか、僕のことを軟弱だの草食系だのと馬鹿にする。
両親は仕事の都合で早めにドイツに戻ったけど、妹は春休みを目一杯、日本で過ごすと決めているらしく、一人残った。もちろん、僕がお目付役にならざるを得ないのである。
「遊び行こーよ。どうせ暇なんでしょ?」
「暇なのは紗也だろ?」
妹はもっぱら英語でしか話さない。
流石に祖母と佳代さんには日本語だけど。
「仕方ないじゃん!この辺に友達いないし、比呂しかいないんだもん。新しい水着買って、プールで泳ぎたいっ!」
「プールなんてうちにあるんだから、新しい水着買う必要ないだろ。誰かに見せるわけじゃないし」
「馬鹿ひろっ!水着を持ってきてないのよ!」
バシッと頭を叩かれる。
そんなわけで、渋々妹に付き合い、祖母の好きな百貨店の水着コーナーへ行く。
「あら、比呂くん、いらっしゃいませ」
顔見知りの綺麗系の店員さんが愛想良く話しかけてくる。
僕はここでは祖母思いの優しい孫で通ってるんだ。年頃の中高生男子が祖母と買い物なんて恥ずかしいけど、祖母も喜ぶし、店員さん受けはいいし、ついでに何か買ってもらえたりして、得なんだよね。
「こんちは」
「かわいいお連れ様ですね」
「あ、違いますよ。妹なんです。春休みで戻って来てて」
「あら、そうなんですか。それは嬉しいですね」
「そうでもないっすよ。生意気だし」
「比呂!私の悪口言った⁈」
耳ざといなぁ。
「かわいい妹とお出かけできて嬉しいって言ったんだよ」
僕は妹に背中を向けて舌を出す。
店員さんはくすくす笑って、どうぞごゆっくりと言った。
妹は、何着も手にして試着室に入っては、あーだこーだ言いながら腰に手を当てて鏡を見ている。
愛想良く声を掛けてきた店員さんを軽く無視して、わざと英語で僕に話しかけたりして、本当に性格が悪い。
しかも店員さんが英語が出来ると分かった途端、ドイツ語で話す始末。
僕は曖昧な笑みを浮かべて店員さんに頭を下げた。
「紗也さ、あれじゃ店員さんが可哀想だろ?」
僕がカーテン越しに話しかけると、
「苦手なのよ、あーゆーの」
と一言。
「ちょっと比呂!ちゃんと見てよ!」
試着室のカーテンを開けて仁王立ちする妹。
いくら妹って言っても、水着姿はちょっと恥ずかしい。どうしてこいつはこんな堂々としてるんだ?
「僕に聞かれても困る」
「一応オトコでしょ?どっちがいいか答えてよ!」
一応ってなんだよ(怒)。
「そのビキニだと、貧乳が際立つ」
言った途端、グーで殴られた。
「って!何するんだよ?」
「気にしてるんだから言うな!」
あ、気にしてんだ、一応。
身内とはいえ年頃の女の子に、ひどい言い方しちゃったな。反省。
紗也佳はそれなりに筋肉もついてて、スレンダーとはいかないけどスタイルは悪くない。
ただ、胸のボリュームに欠けるから、引き締め効果の黒より、派手な色の方がいい。
「紗也、赤の方が合ってる」
「え?」
「黒はやめとけば?」
肩幅があるけど貧乳だから、黒だと引き締め効果なのかスタイルが悪く見える。
逆に明るい色で大きなモチーフの方が、貧乳を目立たせない。
でも、正直にそう言うとまたグーで殴られるので、言わなかった。
「うーん…」
「何?気に入らない?」
「私も赤の方がいい気がするけど、黒より赤の方が2000円くらい高いのよ」
真剣に悩んでる様子。
「高くても気にいる方にしなよ。僕が払うから」
「・・・ええっ⁈」
紗也が仰天顔で僕を見る。
「・・・誕生日だろ、もうすぐ」
何プレゼントするか考えてたところだし、バイト代入ったばかりだし、たまにはカッコつけて、妹の好きなものを買ってやるかと思ったまでだ。
まさかこれが大事件を引き起こすなんて思ってもいなかった。
「え、えーっ⁈マジで⁈」
紗也が心底驚く。
「そう言ってんだろ。決めたんなら、早く着替える」
僕は照れ臭くて、横を向いた。
そこへ紗也が抱きついてきた。
「やーん、比呂!ありがとう!嬉しい!大好き!」
こういうところは小さい時と変わらず。
でも僕は困る。
水着って裸同然なのに、密着するなって!
「さーや!そんな格好で抱きついてくるなよ」
僕は慌てて引き離す。