2人のルール。 | 幼恋。

幼恋。

小さいころの私の、理想の恋愛のかたち。

「碧ちゃんはさ、恋愛に何を求めてる?」
メインのパスタも食べ終わり、デザートを待つ間。加賀さんの話は止まらない。
恋愛に?
意図するところが掴めなくて、少し考える。
「つまり、恋人にどういうことを求めるってこと」
加賀さんが自分を指差して尋ねる。

私が恋人に求めること。
目を閉じたら思わず浮かんだ祐ちゃんの顔を、隅っこに追いやる。
"しあわせになれ"
・・・分かってるよ、祐ちゃん。
祐ちゃんとは叶わなかったこと。

「私は・・・」
はっきり言いたいことも頭に浮かばないまま、話し始めた。
・・・しあわせに、なりたい。
祐ちゃんが願ったように。
祐ちゃんが安心できるように。
「私のことを、誰よりも幸せにして欲しいです」
それが一番の願い。

私がそう言うと、加賀さんは目を丸くした。
「碧ちゃん、それってさ」
「はい?」
「逆プロポーズみたいだけど」
クッと嬉しそうに加賀さんは笑った。
「あっ・・・!」
ホントだ!
女の子からのプロポーズみたい・・・!
私はカァッと赤くなった。
「あの、そういうつもりじゃ・・・!」
私が慌てて何か言おうとすると、
「肝に銘じるよ」
私を真っ直ぐ見つめて答える。
「誰よりも幸せにする」
思わず加賀さんを見ると、嬉しそうに微笑んでくれた。
胸がキュンとなる。

ずっと欲しかった言葉。
"シアワセニナレ"じゃなくて、
"幸せにする"。
それを言ってくれる人が、今、目の前にいる。
なんか、実感が湧かない。

今度は私が質問する。
「加賀さんは、私に何を求めますか?」
私の質問に、加賀さんはニコッと笑った。
「ひとつだけ」
人差し指を立てる。
ひとつだけ?なんだろう?
「俺のこと、好きになって」
「・・・‼︎」

それはとても、切実な願いのように耳に響いた。祐ちゃんのことを踏まえて、私が完全に吹っ切れていないのを分かっていて、それが加賀さんの願いなのだ。
「加賀さん・・・」
私はなんだか、胸がいっぱいになって。
何か言いたいけど、何をどう言えばわからなくて、涙目になる。
加賀さんは私の頬を撫でる。
私が泣きそうになるとすぐにそうしてくれる。頭を撫でないのは、また私が子供扱いされたと思って拗ねると思っているからかもしれない。
「出来れば、敬語は止めてほしいな。"加賀さん"も」
加賀さんは優しく言った。
「え・・・そうなんですか?」
年上だし、今までずっとそうだったから、いきなり止めるのは難しいかも。
「だって他人行儀だろ?恋人って一番近い存在なのに」
一番近い存在。
「そう、ですね。でも、いきなりは無理かもしれません。それに・・・」
答えながら、全く敬語が抜けてないと自分で気づく。
「"加賀さん"以外なら、なんてお呼びすれば・・・あ、えーと・・・なんて呼んだらいいかな?」
敬語を止めて言い直したら、加賀さんがグーッと親指を立てた。
「そうだなぁ。君に任せるよ」
任せられても・・・。
「加賀くん、省吾さん、省吾くん・・・」
思いつくまま口にする。
「もしダーリンって呼ばれたら、俺もハニーって呼ぶけど?」
クスクス笑いながら加賀さんが茶々を入れる。
「絶対呼ばない」
私は呆れて言った。

「灰皿、お持ちしますか?」
小岩さんがそっと加賀さんに尋ねる。
そういえば、昨日、煙草吸うところ見なかった気がする。
「いえ、結構です。ありがとう」
加賀さんは笑顔で答える。
え?
「吸わないんですか?」
私が聞くと、ニッコリ笑った。
「だって、嫌いだろ、煙草?」
「あ・・・」
確かに煙草は嫌いで、よく母に文句を言ってはいるけど、お店では話したことないのに、そんなこと。
どうして知ってるんだろう?
「でも、我慢しなくていいですよ?」
禁煙して、と言える勇気はまだない。
「止めたんだよ、昨日から。君のために」
そんな私の気持ちを察してか、そう答える加賀さんに、私は目が点になる。
え?ええっ⁇
「俺、好きな子のためなら、努力は惜しまないタイプ」
ヘヘッと笑う加賀さんが可愛くて、そして禁煙の決意が嬉しくて、私も笑い返した。

「俺は、今日から君のことを第一に考える」
今日、気付いたけど。
加賀さんはとてもハッキリしている。
こういうセリフも、照れもなく言えるあたりが、大人の格好良さっていうのかな。
私はそんなこと言われると、急に心拍数が上がってしまうけど。
「でも、悪いとは思うけど、俺は四六時中一緒にいたい、っていう気持ちには答えられない」
・・・え?
恋したら、ずっと一緒にいたいっていうのは普通のことだと思っていた。
「君くらいの頃は、愛こそすべてで、一瞬たりとも離れたくないって考えると思う。分かるよ、その気持ちは。でも、俺は」
一旦言葉を切る。私を真剣に見つめる。
「恋愛ってそういうんじゃないと思う」

それじゃあ、加賀さんの考える恋愛ってなんだろう。

「俺は、女性にもある程度自立して欲しいと思うんだ。恋愛がすべてであって欲しくないっていうか」
加賀さんは言葉を慎重に選んでいる。
「恋人と共有する時間と、自分一人で仕事なり趣味なり打ち込む時間がある方が、人生は充実すると、俺は思ってるんだ。そうじゃないと、世界がどんどん狭くなる。それは、お互いの首を締めることにつながると思う」
加賀さんの言わんとすることを、私は理解しようと思う。
「俺の言ってること、分かる?」
優しく問いかける。
「分かる・・・ような気はしますけど、ずっと一緒に居たいって思うのが、世界を狭くするんですか?」
私はやっぱり、加賀さんと対等に話せるほど大人じゃないから、正直に分からないことは聞こうと思う。
「例えばさ、俺が休みの日はずっと一緒に居たいって言ったらさ、どう?朝から晩まで2人っきりで居たいって」
朝から晩まで。それは嬉しいことだと思うけど・・・。
「毎週末そうだったら?碧ちゃんはバイトにも行けないし、友達に会う時間もなくなる。自分の趣味に使う時間も激減。そういうのってどう?それでも恋人と一緒にいるほうが幸せ?」
答えに窮する。
多分、加賀さんとは平日は会えないだろうから、週末に長い時間会えたら嬉しいだろうけど、友達に会う時間も、バイトする時間もないと不自由に感じるかもしれない。
「ね?ちょっとウザいなーとか思ったでしょ?」
「ウザいなんてそんなことは・・・」
「でも不自由」
私は目を大きく開いて加賀さんを見る。
「俺が言いたいのは、そういうことだよ。依存しすぎる関係は、お互いの首を締めることになる」
少し分かった、気がした。
「でも、誤解しないで欲しいんだけど、会っている時間と愛情は正比例しないからね」
会っている時間と愛情は、正比例しない。
えっと、どういうことか。
考える前に、加賀さんが説明する。
「会える時間が長いから、愛情たっぷりって訳じゃないし、会えない時間が短いからって愛情が少ないわけじゃない。実際問題、俺は平日仕事だから、2人で会えるのは週末に限られる。でも週末は君がバイトだから、その前後しか時間がない。週に一度か二度と、2〜3時間くらいじゃないか、会えるのは」
そう考えると、ずいぶん少ない気がする、のは私だけだろうか?
「例えば君が、君と同じ高校生と付き合ったら、そんなことは絶対ない。毎日放課後に一緒に帰ったり、週末にデートしたり、2人の時間をもっとたくさん持てる。でも、悪いけど俺にはそれは出来ない」
加賀さんは少し辛そうにそう言った。
「でも俺は、君と一緒の時間を大切にするし、寂しい思いをさせないように、努力を惜しまない」
加賀さんは私に手を伸ばす。私はそっと、伸ばされた両手に私の手を重ねると、加賀さんは優しく握った。
「君が寂しい思いをしてたら、飛んでいくよ」

そのセリフは、私に祐ちゃんを思い出させた。
加賀さんと2人でいる時に祐ちゃんのことを思い出すと、途端に罪悪感を感じる。
でも、それを心の隅に追いやる。
同じセリフを言われたら、それは今度は、加賀さんのセリフとして記憶しよう。
"恋人"から言われたセリフとして、記憶しよう。
そう、決めた。
私は一度目を伏せ、今度はしっかりと加賀さんを見つめる。
加賀さんは手を離すと、ポケットから名刺入れを出し、一枚名刺を取り出す。
そして、何かを書き込んで私に差し出す。
「これ、電話番号。いつでもかけてきていいから。24時間、365日」
私は名刺に目を落とす。
"プラネット株式会社 企画部主任 加賀省吾"
「プラネット株式会社・・・」
思わず読み上げると、加賀さんは苦笑した。
「緊急時は会社にかけてきてもいいけど、その時はベルの方がいいかな。そっちの方がすぐ捕まるから」
ポケベル。かけたことないなぁ。
「でも仕事終わってる時はベル鳴らさないで、家にかけてくれると嬉しい。ベルが鳴ると、仕事か⁈って条件反射で思っちゃうからさ」
名刺を裏返すと、自宅の電話番号。
「分かりました」
「君の電話番号も聞いてもいい?」
「あ、ハイ。もちろん」
私はレストランのお店のカードを一枚拝借して、そこに自宅の電話番号を書いて渡した。
「俺、電話があまり好きじゃないから、用件だけ言ったら切っちゃうけど、悪く思わないでくれる?」
「分かりました」
男の人は、そうかもしれない。長電話は好まないかも。
「一時間電話で話すくらいなら、5分でいいから会いたい。そういう考えだから」
なるほどね。
想像してみる。
言われてみれば、そうかもしれない。
「了解しました」
私の相槌に、加賀さんは苦笑する。
「なんか、職場の後輩と話してるみたいだ」
「えっ?」
「なかなか抜けないね、敬語」
ホントだ。意識してないと、今までそうだったからつい、敬語になっちゃう。
「2人のルール、作ろうか?」
「ルール?」
「敬語は使わない」
「は・・・うん」
「それから。いろんなことを我慢しないで、素直に言おう」
「・・・例えば?」
「煙草は嫌いだからやめてほしい、とか。こういうところに遊びに行きたい、とか。なんでもさ。もちろん言い方にはお互い思いやりを持つことが大事だけど、嘘ついて無理して我慢するような関係は、長続きしないと思うから」
加賀さんは、とても大切なことを私に教えてくれる。
「うん、わかった」
そこで、美味しそうなデザートが運ばれてきた。