こんにちは!
最近、山田五郎のyoutubeを見ています。
お勧めに山田五郎の絵画の解説動画が
現れると、
こんなの面白いのに決まってるじゃんと
少し悔しい気持ちになりました。
で、見てみると面白いので
はじめから見てればよかったと
後悔しました。
ところで、
岡田斗司夫という人物もyoutubeに動画を
アップしています。
オタクのことに詳しい大学で講師もやっていた
評論家といえばわかる方もいますでしょうか。
彼の話も面白いです。
鋭い考察にうなりますが
山田五郎はチャンネル登録しましたが
岡田斗司夫はしませんでした。
有料放送に飛ばされるというのもありますが
もう一つ、
主張したい点があります。
その理由はずばり
岡田斗司夫がサイコパスなモテるオタクだからだと
思いました。
彼の理論に
笑いは攻撃か、その裏返しでしかないという
ものがあります。
が、私は、そこには必ず愛が含まれていると思います。
単に攻撃性だけでは人は笑えないと思うのです。
意外性や矛盾を受け入れる寛容さや愛があってはじめて
人は笑えるのではないでしょうか。
ただ、人の苦しみを見て笑うサイコパス的な笑いに
そうじゃないよと反論する側に私は立っていました。
その笑いに含まれている愛は歪んではいないかいと。
山田五郎と岡田斗司夫の決定的差は
真の絶望を本人が味わっているか否かではないでしょうか?
「本人相当、つらいと思うよ」
「こういうことあれば辛いに決まってるじゃん」
というようなセリフに山田五郎はちゃんと
感情がのっているので共感できますね。
が、岡田斗司夫には
そういう悲壮感が本人から感じ取れないんですよね。
どこか、他人事で絶望を語るのは、本人が
絶望を感じてこなかったからではないでしょうか。
オタクであることの悲壮感がまったくない。
それはいいことではあるのでしょうが、
裏を返せば、一般的なオタクの気持ちがわからない。
サイコパス感をその笑いに感じてしまうのです。
感情を排せば問題解決は簡単だという
のもうなづけますが、
でも、すべてを覆う愛があってもいいじゃない!と
モテない私は思うのです。
モテないな、つれーな、感が
オタキングにはみじんも感じ取れない。
ま、サイコパス度を上げたほうが
人生モテて、楽になる面もあると思いますが。
モテる奴には嫉妬する。
それが男の性。
僭越ながら、岡田斗司夫論でした。