なぜ,脳神経外科を選んだのか.その1 | こころとからだを癒す茂原の医師のブログ

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あたまとこころとからだをテーマに
日常生活や診療での気づきを綴ります.

みなさん,こんにちは.

 

こころと体を癒す

脳神経外科ドクター 

永野 修です

 

今日は

友人からよく受ける質問の1つ

“なぜ,脳神経外科を選んだのか?”

を考えてみますね.

 

その理由は2つあります.

 

1つ目は

医学生2年から3年にかけて

行った解剖実習です.

 

解剖実習とは

その名の通り人体(ホルマリン固定

された献体)を解剖することで,

 

自分の目で見て,手で触れて,

感触を確かめて,

人体の精密な構造を

教科書や人体の模型からでは

決して得る事のできない部分

を深く理解するためのものです.

 

私たちは

6人で1体を受け持ち

片側ずつの頭部,胸部,腹部に分かれて,

4ヵ月間,解剖実習をしていきました

(1学年100名で実習しましたので

17献体を解剖しました).

私は左側の腹部を担当したのを覚えて

います(今,このブログを書きながら

実習初日に初めて献体を前にしたとき

の厳粛な気持ちが甦っています).

 

それぞれの臓器(肝,心,脾,肺,腎

胆嚢,小腸,胃,大腸,膀胱)の

構造や位置関係を教科書と照らし

合わせながら,3次元的にスケッチ

します.さらに,顔面,動脈,静脈,

リンパ管,神経,筋肉,腱も観察し,

それもスケッチします.

 

それを解剖学の教授に見せて

指導を受けます.

「この部位の書き方が荒い,もっと

細かな血管や神経があるはず.

よく見てみなさい.」

とか

「君たちの献体は大動脈弓が稀な

構造をしているから,クラス全体に

向けて報告会を開こう.準備しなさい」

など言われたのを覚えています.

 

この実習で

私は2つのことを理解しました.

1.全く同じ構造をしている人体は

ない.

(当然のことですが,実習を通して

感覚的に理解できました.)

2.臓器はそれぞれの働きを顕著に

示した構造になっている.

 (心臓=血液を送り出すポンプの役割

  =分厚い筋肉の固まり.

  肺=空気を取り込む=伸縮できる

  スポンジ状の構造.

  食道,胃,小腸,大腸=食物の通り

  道=管状の構造.)

 

少し文学的な表現をしますと

 

私は

“人体の神秘”

に触れて,

“人体へ畏敬の念”

を抱くようになりました.

 

そして

私たちには

この解剖実習の他に

脳実習(脳のみの解剖実習)が

ありました.

(今でもあると思いますが)

 

実際に

ホルマリン固定された

脳の外観

(大脳(前頭葉,頭頂葉,

後頭葉),小脳,脳幹(延髄,

橋,延髄),嗅神経,視神経など)

を観察し,スケッチします.

そして

解剖し,脳の内部の構造を

観察していきました.

 

ここで

私はある疑問を持ちました.

 

「体の臓器はその機能に

合った構造をしていた」

では

「脳の機能ってなんだろう」

 

たとえば

“思考:ものを考える”

“運動:手足を動かす司令塔”

“感覚:人体の触覚を認知する”

“感情:喜怒哀楽を引き起こす”

などがありますが,

 

「その機能に合った構造は

どこにあるのだろうか」

 

実際の脳は

体内の臓器ほど複雑で精密な

構造をしてはいないように

見えてしまい,

 

私は

実習中,

脳を手に取りながら,

まじまじと何度何度も

前後左右から眺めて

 

このどこから

感情が生じてくるのだろうとか

今,自分がこれを考えているのは

どの部分を使っているのだろうか

などと思案していたことを

覚えています.

 

この脳という臓器は

私にとって

“人間を人間たらしめるもの”

であって

その構造からは

とてもとても

その機能が理解できるものでは

なかったのです.

 

この脳を

“一生を通してでも理解してみたい”

という

強い情動が

 

私が脳神経外科を

選んだ理由の1つです.

 

次回はもう1つの理由について

書きますね.

 

最後まで読んで頂きありがとうございました.