僕にとって雪かきという作業は実に虚しい作業なのです。白い雪をかき集め、白い雪の上に積み上げ、結果白い新たな雪山を作る、でも春には解けてなくなるのに。寒と白だけの苦行、なのに春には解けてなくなる、…この精神的苦痛から逃げ出したい、そんな自己防衛機能が働いたのだろうか、雪かきの最中に突如として森進一さんの「港町ブルース」が頭の中を流れてきた。たぶんあの時には、現実から最もかけ離れた曲だったのだろう。

 

背伸びしてみる海峡を/今日も汽笛が遠ざかる/あなたにあげた夜を返して/港、港 函館/通り雨

 

1969年、森進一さんの12枚目のシングルだそうです(ウイキペディアより)。

 

 

 

 

当時の僕は小学生。それまでに海なんて数えるほどしか見たことがない山猿少年。難しい意味の言葉はない歌詞ではあるが、この情景を思い浮かべるほどの想像力は僕にはなかった。なかったくせに、「あなたにあげた夜を返して」って何かな?との疑問はあった。夜をあげた?どうやってあげたのだろう…夜だぞ。それに、一旦あげたのだから返せというのはちょっとないのではないか、貸してあげるくらいにしておけばよかったものを、とか。そろそろ生意気なことを考え始め、妄想空想とかも覚え始めたころなのだろうが、まだまだあっちもこっちもそっちもあれも未熟な小学生には仕方がないことだ。じゃあ、今ならわかるのかって?んー、よくわかんないかな(笑)

 

ところで、この曲はブルースを名乗っている。ブルースか。1969年といえばエリック・クラプトンは、あの伝説のバンド「クリーム」を解散させて、名曲「レイラ」なんぞをぶちかましている時代。もしもそのときのクラプトンに「このブルースを聴け!」と突きつけて、彼も彼で「っるせーな、まったく」とか言いながら、しぶしぶでも聴いたとしたらどうなっていただろう。ブルースの解釈が変わってしまい、ジェフ・ベックやレッド・ツェッペリンのみならず、ひょっとしたらその後のストーンズにまで影響が及んだのではなかろうか。また、ライバルであるデュアンヌ・オールマンの死を乗り越え、麻薬に走ることもなかったかもしれない。そしてなによりブリティッシュ・ロックとして「夜を返して~」の真理にたどり着けたかもしれない、「ギブ ザットナイト バック トウ ミー」…。

変なことを考えていたっけクラプトンが森進一の顔真似で歌う場面を想像してしまった…クラプトンファンの皆さま、ごめんなさい、こんな無駄なブログを読んだ時間をお返しします。

 

冬はまだまだ続く、春まであと100日くらいか、数えなきゃよかった。