僕が子どもの頃に住んでいた小さな町には「洋服の丸栄」というお店があり、みんなから「まるえい」さん、と呼ばれていた。かなり昔のかなり田舎のことだ。年寄向けの地味なものばかりしか置いていない丸栄さんは、真夏の太陽が照り付ける日であっても、お店に入ると一瞬にして気分は秋の終わりの雨の日の夕闇、それくらいなにもかもが地味だった。

さらに暗い奥には、いかにも無造作で御座いますって感じで置かれた大きな木の箱があり、そこにはなぜか服が積み重ねられていた。いやいや、あれは積み重ねたなんてものではなく、人の背丈くらいのタワーになっていたので、そうとうな枚数だったのだろう。それらは信じられないだろうが、お店に陳列されているものよりもさらに圧倒的にこれでもかというくらいに地味なものばかりだった。雨に濡れたヨモギ猫とドブから出てきたばかりのネズミが、なかよくケンカした果ての死体みたいな、それくらいふざけたレベルの地味さ加減だった。

売れ残りを捨てるに捨てられず、とりあえずこの箱に入れ続けていたら溢れてきたぞ、でも他に置くところないからさらに高く積んじゃえ、なんてイキサツでできたタワーなのかもしれないが、妙に近寄りがたい雰囲気を漂わせていたのだ。そのころいつも店番をしていた、とてつもなく愛想の悪いおばさんが、いつも箱のとなりでふんぞり返って座っていたからかもしれない。

丸栄さんは、それでもずっと昔は繁盛していたのだが、時代が変わってもずっと同じ路線を貫き通して、結果急激に衰退。でも頑固一徹で貫いたのではなく、代替わりした二代目の商才のなさと怠慢な性格によるものだったらしい。案の定、やがてお客は激減し、売れ残りタワーの高さと二代目妻の無愛想具合が日に日に増して、さらに客足はこのド田舎町の人口密度を10倍薄めたくらいに遠のいたのだった。

 

僕の中の微かな記憶にも、先代のおじいさんが残っている。この店を繁盛させ、でも二代目にそのDNAを渡せなかった超本人だ。そのおじいさんは、丸栄さんがまさに最盛期に病気で亡くなった。とても惜しまれたようで、幼かった僕にさえにも届くくらいの語り草となった。ところで、当時のお店にはおばあさんもいたはずなのだ。なんとなく影が薄かったのか、おじいさんよりもさらに記憶が乏しいのだが、でも確かにいた。それで、そのおばあさんもいつの間にかいなくなっていた。ここで問題なのは、いなくなった原因、つまりおじいさんのように病気で亡くなったとかいう理由みたいなものは一切ないことなのだ。しかもなぜか、子どもたちが丸栄さんのおばあさんの話をすることは、タブーになっていた。たとえば、丸栄のばあちゃんって最近見かけないよね、なんて話をするだけで大人たちは急に話題を変えたり、あまりしつこく聞くと「いいのっ!」なんて理不尽に叱られる始末だった。

 

しかし僕は、どうしてもこの謎に迫りたくて、そのことばかり考えていた時期があった。影が薄い上に数えるほどしか見たことがないおばあちゃんと、あの無愛想おばさんは「よめとしゅうとめの関係」であって、「よめとしゅうとめは仲が悪い」という決まりになっているそうだ。なんでこんなことを知っているのかというと、親友のカッちゃんに教えてもらったからなのだ。カッちゃんのうちのお母さんとおばあさんが、正に「よめとしゅうとめ関係」であって、そのふたりを毎日見ているので間違いないはずだ、とカッちゃんは今まで聞いたことのないくらい強い口調で言っていた。カッちゃんのその力が込められた声が耳に響いたその瞬間、僕は閃いてしまった。小柄だったおばあちゃん、一方あの無愛想おばさんははっきり言ってデブ、ふたりは仲が悪くて喧嘩する、その結果を何度想像してもデブの勝ち、なぜかその後おばば行方不明、どこに行ったのか?答えは、あの大きな木の箱の中以外考えられない。だって、おばばが入るには充分なサイズ、それに加えてうず高く積み上げられた地味色着物タワー、そうか、おばばはあの中で…だからみんなこの話題を避けているのか…。謎が解けるとはこういうことなのかと瞬間的に喜びを感じたものの、直後首から頬っぺた辺りに白黒の砂嵐が通り過ぎたような気がして、ぶるっと震えた。

 

残念ながら、僕はその数か月後に転校することになってしまい、それ以上の真相を追求することができなくなってしまった。僕は自分の推理をカッちゃんだけに話した。そして、後で何か分かったら絶対手紙に書いて教えてくれと、秘密の約束をして、力をいっぱい込めた指切りを交わして別れたのだった。

 

カッちゃんからは、その後何度か年賀状がきたが、丸栄さんに関することは一度も書かれていなかったし、いつの間にか僕もすっかり忘れてしまっていた、事件もカッちゃんのことも。やがてあの田舎町はさらに寂れてしまい、限界集落になりましたなんてニュースを最近聞いて、ようやく思い出した次第だ。今になって考えてみたら、殺人事件なんて隠し通すことはできないのだからあり得ない、実に幼稚な推理をしたものだ、って苦笑い。じゃあ丸栄さんのおばあちゃんはどうしたのか?例えばおじいちゃんとは別の男の人と駆け落ちしたとか、おじいちゃんはそれがショックで病気になったとか、あの当時はじじばば扱いをしてしまったけれども、ひょっとして今の自分よりも若かったのかもしれないのだから離婚だ訴訟だ遺産だどろどろ泥沼…って大人の邪な推理の方がよっぽど恥ずかしいよね。