僕が小学生二年か三年のころのことだから、ものすごい昔の、しかもものすごい田舎でのできごとだ。
そのころの僕は新しい遊び場に飢えていた。学校のグラウンドは上級生のサッカーとか野球なんかでいつも独占されていたし、新しくできた自転車公園はさらに上の中学生どもがたむろしていて、とても危険で近づけない。その辺の広場でできるような「手つなぎ鬼」とか「なが馬」みたいな遊びは子どもっぽくて飽きたよ、だなんて、まだガキの要素しか持ち合わせていないクセに、そんな生意気なことを本気で思っていた。
そこで僕は、同じクラスにいるタカヤのことを思い出した。タカヤのことというか、まず頭に浮かんだのは彼の家の工場のことだった。彼のお父さんは木材会社を経営していて、家のとなりにある大きな工場は、いつも大きな騒音と木くずを吐き出していた。木くずは裏の崖めがけてもう何年も吐き出され続けているからなのだろう、切り立った崖はなだらかな斜面に姿を変えてしまったのだ。あの木くずの斜面で遊べないものだろうか。
そのタカヤという子は、生まれつきの病気のために左腕を動かすことができず、その腕はいつも二つ折りにされたまま三角巾で吊り下げられていた。たいていのことは自分でできるはずなのだが、いつの間にか「タカヤ君には親切にしてあげる」ことが、僕たちのクラスの中で常識になっていた。しかしそれは、大人が作った理由による常識だったのかもしれない。彼に接するときには必ず「体が不自由だから」というのが前置きになっていた。気の毒だから親切にするのと、友だちだから親切にするのとでは大違いだ。事実、彼には友だちというものが一人もいなかった。
さらにタカヤを孤立させていたのは、僕たちの日常的な親切というものを当然のように受け取るという、その態度にも原因があった。田舎町とはいえあの頃は、過疎化が進んだ今よりはずっと活気があって、工場経営者の家というものはそれなりに裕福だったのだろう。あいつが我がまま放題に育てられたのは、小学生の僕の目にもわかるほどだった。そしてそれが、そのまま真っすぐ彼の人格形成につながってしまい、いつの間にかタカヤは、クラスメイトたちを家来扱いするようになってきた。でも、家来たちは王様のことを尊敬なんかしていない、むしろその逆だった。
しかし、それすらも利用するのが子どもの浅知恵というか悪知恵というものだ。あの工場裏の木くずランドを我々専用の遊び場にすることを、僕は思いつき、企み始めたのであった。どういうわけか、このクラスの家来たちがタカヤに「親切」にするのは、学校にいる間に限られていた、実に厳密に。放課後のチャイムが鳴った途端、まさに「本日の親切営業終了」の札をきっぱりと下ろしてしまうのだった。そもそもこんな親切なんて、とってつけたようなものなので、そのことに対して誰も後ろめたさも違和感もなかった。しかし、そこに目を付けた僕は、新たな独自の王様向けサービスを始めることを考えた。あくまでも目的達成、それだけのためにだ。
タカヤ君、一緒に帰ろうよ、といった途端に僕は彼を初めて呼んだような気になった。いや、さすがにそんなことはないだろうと思い起こしてみると、これまでには苗字で何度か声をかけた程度のことしかなかったのをあらためて気づいた。だからこの「タカヤ君、一緒に帰ろうよ」は自分の声ではないように響いて、どこかに飛んで行ってしまった。彼もそう思ったのだろうか、しばらく音が飛んで行った方を見ていたが、やがてこちらを振り向いて「いいよ」と言った。
いいとか、いやだといか言うものじゃないだろう、とふと思ったが、とりあえず一緒に帰れることにはなったのだ。「かばん、持とうか?」彼はランドセルではなく、肩から掛けるかばんを持って通学していた。これもあの腕のせいなのかもしれないが、僕は前々からこのかばんのことが気になっていたのだ。タカヤは「うん」とだけ言って、右手でかばんを外してこちらに差し出してきた。その態度がダメなんだよなと、つい思ってしまう。でも、がんばって話題をつなげようと努力した。
「このかばんさ、ど根性ガエルのひろしとか五郎が持っているのに似ているよね」「なにそれ?」「いやだから、ど根性ガエルさ、知らない?」「知らない」ああそう、王様の家で家来どもとは違うテレビ番組が放送されているのだろうか。「見せてもらえないんだ、うちでは」「どうして?」「お父さんがNHKのニュースを見ているから」「えー?うちの父さんなんか一緒に見て笑っているよ」「ふーん」…この会話終了。
「あのさ、タカヤ君ちの工場あるでしょ?」唐突ながら早速本題に突入。「タカヤでいいよ」「へ?」「だってみんなさ、下の名前で呼び合っているじゃないか」「…ああ、そうだね」「なのに僕はいつも苗字でしか呼ばれていない」「そうだ…っけ」「でも、さっきは呼んでくれたよね…えーと、トシミツは」最後の方はかすれて消えそうだったが、彼は初めて僕の名を呼んでくれたのだ。なんかものすごく照れくさかったが、それ以上に嬉しかった、なぜだろう。
「工場がどうしたの?トシミツ」「うん、あの裏の崖が木くずの山みたいになっているでしょ?あそこに行ったことある?」「いや、危ないから行っちゃだめって言われているんだ…トシミツ」いや、いちいち律儀に名前を呼ばなくていいけど。「危ないのかな、やっぱり」「行ったことはないけれど。でもさ、下に降りる道ってちゃんとあるから、そんなに危険ではないと思うよ、トシミツ」はいはい。「タカヤさ、今度その道で下に行ってみない?」「うん、これから行こうか」初めてタカヤのはじけるような声を聞いた。
こうして僕の企みはあっさりと成就したのだった。でも、木くずランドは、あくまでもタカヤオーナー立ち合いでの遊びだった。そしてオーナーはこの夢のようなランドにはあまり執着しなかったのである。他の友だちを引き連れてきたらもっと楽しいだろうなとは思ったが、タカヤはしゃがみこんだまま相変わらずいろいろな話をして、会話の最後に無理やり僕の名前を呼び続けるのだった、なんか嬉しそうに、僕の名前を呼ぶために会話を続けているのじゃないかと思うほどに。だから、夢のランドはさっさと引き上げ、タカヤの部屋で過ごすことにした。
こんな風に急速に接近をした僕とタカヤではあるが、まだまだ僕は彼のことがよくわかっていないよな、って思った。こいつ、勉強はそれほど得意ではなさそうだし、それに特に好きな遊びってないみたいだし、さっきの会話からもテレビを話題にすることはできないいし。それでは、いったい彼は何を楽しいと思っているのか、いつもどんなことをして遊んでいるのだろうか。率直にそのままの質問してしまった。するちょっと困ったような顔をしてこう言った。
「僕の腕ってこんなんでしょ。お母さんは、今でもそのことを僕に謝るんだよね、こんな風に産んでごめんねって。ずっと小さいときから言われ続けているから、もう何も感じなくなってしまったけれどね。お父さんとはほとんど話をしない。ずっと前からのそうなんだ。僕やお母さんのことを怒っているのじゃないかなって、お母さんのせいで僕がこんな風に産まれて…っていつも思っている」僕の質問には答えていないけれども、なんか思いもかけないことを知ってしまったような気持になった。
そこに、たった今話題になったばかりのお母さんがおやつ持って部屋にやってきた。美人なのだろうけれども、心なしか背中が丸まっていて、姿だけを見るとまったくのおばあちゃんだ。
「おじゃましてます」
「友だちのトシミツ」ぶっきらぼうながらも、タカヤはなんか胸を張って僕を紹介する。
「あらあら、お友だちが来てくれたのね」
お母さんが置いていってくれたお菓子は初めて食べるもので、チョコレートのようなビスケットのようなのだが、でも僕が知っているそれらよりもずっと上品に甘くて、素早く口の中でほどけるように溶けてしまった。
今度は僕の家に来なよ。うちにはこんなおやつはないけれど、そうだ、テレビも一緒に見よう…なんて言葉が口から出てきた、でもこれは高級なお菓子に感動して、思わず口を滑らせたわけではない。新しい友だちといっしょに過ごしたい、このときには本心でそう思ったのだった。タカヤはキラキラした顔で、うん、と言った。いつの間にか部屋には夕陽が差し込んでいた。
今度は僕の家に来なよ。しかし、それはついに叶わなかった。
タカヤの家に行ったあの日の翌々日から、あいつはもう学校に来ることはなかった。担任の先生は「急な引っ越し」みたいな説明をしていたが、僕たちみたいな子どもにだって本当のことはちゃんと伝わってくるものなのだ。あの木工場は倒産してしまい、タカヤの家族たちは夜逃げをしたのだと。夜逃げ、なんとわかりやすい言葉なのだろう。
あいつはあの腕をかばいながら、どんな姿で、そしてどんな気持ちで…逃げただなんて、僕は思いたくなかった。
工場はあれ以来停まってしまって、もう大きな音も木くずも吐き出さなくなったが、木くずランドは僕たちの恰好の遊び場になった。思う存分転げまわっても多少の擦り傷ができるくらいだし、雪山みたいに冷たくも濡れることもないのだ。なによりも、誰にも遠慮をしなくてもいいのだ。あの時代はあまりにも大らかだったのだろう、危ないとか不法侵入とかいう大人はいなかった。
そのとき、タカヤがくるくると転がりながら降りてきた。そして傾斜の真ん中あたりで停まると僕に向かって満面の笑みで両手を振っていた。タカヤとその両親が今どうしているのかなんて、僕には全く想像できなかった。だからせめて、あいつの喜ぶ姿を頭の中で描いてみた、あいつのために、タカヤのために。