久しぶりに映画を観にいった。よくぞここまで悲しいことを思いつくものだと、感心するほどの泣かせるシーンがその映画の見せどころだったのだが、実はよく憶えていない。なぜ憶えていないのか?そのシーンになった途端、周りのお客さんがほぼほぼ全員で合唱団を結成したかのように一斉に号泣してしまったのだ。でもそんな中で僕はまったく泣けなかった。必死に泣くための必要事項を探ってみたが、涙なんか一滴たりとも出てきやしない。でも、これってけっこう辛いものなのだ。暗闇の中とはいえ、スクリーンの明るさで周囲の雰囲気が分かるっていうのに、一人だけ目をぱちくりさせてきょろきょろしている僕は明らかにこの部屋の中では異物であった。別に責められることはないとは思うが、あまり居心地の良いものではない。だからドギマギしてしまって、ストーリーの肝心なところを憶えていないのです。帰宅後、妻からは「冷血人間」と言われたし…。

ただ、そこで思い出したのだけれども、小学生時代の僕は病気じゃないかと思うほどに泣き虫だったのだ。テストで失敗しては泣いて、運動会の徒競走で追い越されてしまっては泣いて、先生にちょっとでも注意されようものならば「なんて僕はかわいそうなのだろう」とメソメソする、超ウルトラ級の「泣きめそ」だった。

しかし、僕は子ども心に「このままではいかん」ことを自覚し、中学生になったら泣かないようにしようと鋼のような硬い決心をして、そして涙を出さない人間になるよう努力をした。心の中に秘めたキーワードは「今は泣くな」。その結果、頑張れば性格って変えられる、ってことを実証した僕なのだ。

「癖」というのは病ダレでできた漢字なので治療とかケアで治せるものだが、性格の「性」はリッシン遍、つまり心の問題なので簡単には変えられない、って勝手に信じていたのだがしかし、僕はたゆまぬ努力でもって変えることができたのだ。

ただですね、歳をとると涙もろくなるとよく云われますが、還暦を過ぎてもその兆候は一向に顕れない。もう努力なんかする歳でもないし、一生このままの冷血人間でいいと思う次第です。