<大人の入り口で戸惑っていたあのころ>

僕の人生もそろそろ終盤の終わりころだな…何の前触れもきっかけもなく、真夏の夕立よりも唐突にそんな感情が降りてきた。自分の年齢を考えたら、そりゃ全くその通りだ、確かにそんなお年ごろだ、とは思う。きっと、あらためてそれを気づかせるための啓示か何かだったのだろう。じゃあ、ってそれに導かれるかのように浮かんできたのが、「これまでの人生で一番楽しかったのはいつだったっけ?」という自問と、「あの高校で過ごした三年間」という即答だった。すると懐かしい音や風景やにおいが一気に押し寄せてきて、なんだか心地よい目眩を覚えた。

 

生涯唯一の友人、初恋の人、煙草の味、校舎裏の秘密の場所、陽当たりの悪い部室、音楽室の五線譜の黒板、下手くそな管楽器の音たち、よくわからないままの恋とか愛とか、初恋じゃない人とのキス、本物の後悔、生まれて初めて目の前に付きつけられた岐路、卒業式に降った大粒の雪。

今よりもずっと気弱で内気で泣き虫で、そのくせ厚かましくて無恥で、大人の入口で戸惑っている、そんな危なっかしいあのころの自分にもう一度会ってみたいと思った。

 

<ムラタについて>

入学して間もなくのことだ。「お前にそっくりな奴がいる」と、同じ中学出身のオカモトが、休み時間にわざわざ隣のクラスからやってきて教えてくれた。中学時代から僕は、オカモトこそギャートルズのドテチンに似ていると思っていたが、それは口に出さずに「へぇー」と驚くふりをしただけで、次の授業に入るとそんなことはすっかり忘れてしまった。でも、その日の放課後、さっそくその男に出会うこととなる。

吹奏楽部、つまりブラスバンドに入部するためドキドキしながら部室のドアを開けると、目の前にそいつはいた。僕は一目で彼が、オカモトの言っていた「お前とそっくりな奴」であると確信した。決して瓜二つなんかではないけれども、オカモトが大騒ぎするのもわからないでもない、って感じだ。しかし、僕には、それと別の何かが「こいつととても似ている」、そんな気がした。それが何なのかはよくわからないのだが、会うべくして会うということはこういうことかと脳みその淵の方で、生まれてこのかた感じたことのないモノがざわついている、ような気がした。

 

僕の顔を見るなり「ムラタだ」と彼は名乗った。僕は…と自己紹介しようとしたら「トシミツだろ?オカモトから聞いた」。初対面の人にいきなり苗字ではなく下の名を、しかもごく自然に呼び捨てされるなんて初めてだ。変な気持ち、でも嫌ではなかった。僕も「ムラタさあ、オカモトってドテチンに似てない?」ってすぐバカ話ができたし、それに対して、「あ?ドテチンってなんだ?」といかにも面倒くさそうな返事を返されるのも新鮮だった。

これからこうして、何度も名前を呼び合うのだろうなと思うと何か胸の中に水の波紋みたいなイメージがわいてきて、くすぐったい感じがした。つい先ほど初めて会ったときのざわついた感じといい、何なんだろう、これは。(つづく)