<セロファン先輩>

僕の高校の三年間は、吹奏楽に明け暮れていたようなものだった。しかしこの学校は、吹奏楽部にはあまり、というかぜんぜん熱心ではないみたいで、部員も少なくて楽器も見るからにボロかった。でも僕は、楽器ができれば、音楽ができればただそれだけでいいという、自分でも驚くほどの純真無垢な動機で入部したのだから、まったく気にならなかった。

与えられた楽器はトランペット。本当はドラムを希望したのだが、少人数なくせに打楽器担当がすでに二人もいたので断念したのだ。まあなんでもいいやって始めたこの楽器に僕は、すぐにのめり込んでしまった。しかし、おかげで楽譜をちゃんと理解できるようになり、自分の音が音楽らしくなってくるとますますこの楽器にはまっていくのであった。

ある日、いつものように音楽室に行くと、大人の男が顧問の先生と立ち話をしていた。吊り上がった目と色白でつるつるの顔と河童のような髪型をしたその人は、この吹奏楽部のOBであるサエキさんというらしい。上級生たちは顔見知りみたいなのだが、当然僕たち一年生はひたすら上目遣いで挨拶するしかなかった。で、こともあろうにサエキさんは真っすぐ僕のところにやってきて、そのトランペットを貸してごらんというではないか。

サエキさんはトランペットを吹き始めると、色白の顔がなぜか真っ赤になった。そして出てくる音は「ぷー」じゃなくて「ぴー」と聞こえた。

「君は…」と、吹き終えて赤色が退いていく顔のサエキさん。

「あ、はい、サトウといいます」

「うん、サトウいいか、トランペットというものは、唇を思い切り横真一文字に引っ張って、セロファンを鳴らす要領で吹くものだ。何度か唇を切って何度か血を流すようになったら一人前だ」

後で知ることなのだが、これは進軍ラッパ時代の間違った教え方がそのまま言い伝えられたようなもので、こんな吹き方をしたら口周りの筋肉が疲れてしまい、一曲を通して演奏をすることなんかできなくなる。しかし当時の田舎には、正しい情報は届いていなかったみたいだ。

言われるとおりに吹いてみると、何のことはないさっきのサエキさんと同じぴっぴっぴっ。まったくセロファンを鳴らしているような音だ。同じようにしか聞こえないのに「違う」と僕からトランペットをひったくって、再び真っ赤な顔でぴっぴっぴっ。こんなのいやだ。僕はこのとき、サエキさんに「セロファン先輩」を命名した。(つづく)