<シンタロー本領発揮>

ヤマゾノ君は信じられないくらいのか細い声と裏腹に偉そうな喋り方だった。

「ムラタのことは知っている、君…名前は?サトウか…まあいい。僕のことはシンと呼んでくれ、決して苗字では呼ばないように。万が一、呼ばれたらブチ切れて何をしでかすか自分でもわからなくなるんだ。うん、それでバンドだったな。ムラタに聞いたところ、手始めにディープ・パープルをやりたいとか。うん、あれはキーボードがなくてはならない、重厚なキーボードサウンドだ。それくらいのことは君たちにもわかるだろう?僕に任せてくれ。それで練習はうちのガレージを使うようにオヤジには相談しておいたからな…僕がきっちり話を付けておいたからね、オヤジに説得するのはたいへんだったのだからな」

「あっそう。帰りにちょっとガレージを見せてもらってもいい?」と無神経ムラタ。

「え?ああ、いいよ。でも、あそこを使えようにするの大変だったんだ…」

「あの…」とそこに突っ込むように実に素朴だけど、やっぱり無神経質問をする僕「楽器…キーボード見せてもらってもいいですか?ひょっとしてシンセサイザー持っていたりして?」でもそれらしいものはこの部屋のどこにも見当たらないのだ。

「ああ、それ?それはね、これから買う」

え?持っていないの?と、びっくりしていたところにお母さんが紅茶を三つお盆にのせてやってきた。そして「シンタローさん、何をこれから買うっていうの?」とさっきよりは冷たい声をシンタローに浴びせる。

「あんたには関係ないのだから、あっち行けよ」とシンタローは上ずった声をあげる。

お母さんは「はいはい」といって出て行ったが、ドアを閉める直前の息子を睨みつける母の目と、それを見送るシンタローの怯えたような目を僕は見逃さなかった。だがしかし彼は、すぐに能面のような顔に戻ってこういった。

 

「それでね、サトウ君、話を聞いているかもしれないけれど僕は君たちよりひとつ歳が上なのだ。まず、このことを君に説明しておかねばならない。僕はね、中学三年のとき、まあ実に多感なときだよね、そのとき心に深い傷を負ってしまって、受験どころではない精神状態に陥ってしまったのだよ。うん、まさに心の病に冒されてしまった僕はまるまる一年を闘病生活に充てたようなもので、それで受験に失敗したわけなのさ。うん、決して頭が悪いわけではない」

ムラタからの決して質問しないようにという忠告を思い出し、「ああそうですか」とだけ反応してこの話題を切り上げた。でも、そのおかげでキーボード購入の話はうやむやのまま、最後にガレージを見て帰ることにした。

 

おうちが立派だった割には、ガレージは埃っぽくて機械油みたいな臭いがして普通だった。「まあ、こんなものでしょ」とムラタが呟いたが、僕も同感だった。で、早くシンタローエリアから脱出したかった。帰り道にムラタにいろいろ質問したかったからだ。しかし質問より先にムラタのシン情報がさく裂した。

 

あいつが一年喰っている原因はただの失恋。中三のとき、評判の美少女が同じクラスにいて、その子が札幌に遊びに行ったとき芸能プロダクションのスカウトに声をかけられるということがあったそうだ。シンタローはもともとその子に片思いしていたのだが、気が小さいので自分からアプローチをしたことなんか一度もなかった。それなのに、スカウトに声かけられた云々の噂話を聞いただけで、芸能界が自分から彼女奪って行ったという妄想を抱いてしまい、妄想はやがて彼の中でバーチャルな真実となった。数か月後、本当にその子が転校。途端、シンタローはショックのあまりついに不登校、それが受験の数か月前のこと。親に尻をひっぱたかれてなんとか受験はしたが、もはやボロボロの彼には試験なんて無理、結果惨敗。

「あいつの中ではアサダマリエ…そのスカウトされた子ね、その子と恋人だった自分が無理やり大人たちに引き裂かれたことになっているんだな」

「へえ、でもアサダマリエなんてアイドル、テレビで見たこともないけど」

「そりゃそうさ、引っ越して行ったのは彼女の父親の転勤によるもので、芸能界になんか行かなかったんだよ」

つまり、シンタローは自分の心の痛みを、病に仕立て上げるために自分の中に別の悲しい物語を作った、ってことなのだろう。しかしこれは、マサヒト以上の変人だぞ、って僕の中で警告音が鳴り始めた。でもな、バンド練習もしたいしな。(つづく)