<バンドはなかなか始まらない>
練習場が見つかったのだから、どうしても大きな音を出したくなる。バンドマンの血が黙っていられない、なんちゃって、で、とりあえずあの場所に集まって音合わせをすることにした。
ドラムを僕の家から運ぶのがまず一苦労だった。昨年、親に頼み込んでようやく買ってもらった安い中古のドラムセットだ、ケースなんかない。バンドメンバーだろ、仲間だろって理由を振りかざしてムラタとマサヒトに手伝ってもらい、なんとか自転車三台で運んだ。ムラタはこのために貯金をはたいてアンプを買った。マサヒトは兄貴のおさがりだがけっこういいギターとアンプを持っていた。なのに、シンタローはまだキーボードを買っていないのだ。だから最初の音合わせは三人だけということになった。
シンタローなんかいなくても全く問題がなく、むしろ邪魔に思えるくらいなのだが、この家の人間なのだから当然のような顔をして同じ空間にいる。椅子に座って足を組んで何か言いたげに、でも楽器がないのだから当然のように他三人からはシカトされる。
ところで、僕にとってはこれが初めてのバンド演奏であった。とても新鮮、そしてわけもなくただただ嬉しくなってくるのだった。誰が聞いても下手くそなのだろうが、僕にしてみればいつもレコードで聴いていたリフ、それが自分たちの手で音のかたまりとなって飛び出してくるって感じ!
マサヒトのギターはすでに先日聞いたので上手いのは知っていたが、ムラタのベースは初めて聴く。吹奏楽部でもユーフォニアムという低音系の楽器担当としてリズム感がいいことは知っていたが、ベースも地味だけれどもグルーブするっていうの、これ、僕のバスドラムとぴったり合うときに快感といったら、もう堪らん…ちらっとホモ疑惑騒動を思い出したが、すぐにそんなものはどこかに飛び去ってしまったみたいだ。
その代わりではないのだろうが、別の何か突き刺さるものが僕に向かって飛んできた。それはシンタローの視線だった。俯きながらこちらを見ているので、どうしても上目遣いで睨まれているような気になる。何か言いたいことがあるならはっきり言えよ、このやろーと思うのだが、気の小さい僕は練習場を借りている身なのでそうもいかない。まあ、ちょっとでも参加させてあげようか、みたいな親切心が湧いて声をかけてしまったのだが、 実はこれがいけなかった。
「どうだった?シンタロー」彼の過去を知ってしまったからだろう、いつの間にか僕は年上の彼に対してタメ口が定着してきたのだ。最初に会ったとき「シンと呼んでくれ」といわれたが、それはどうも似合わない、カッコよすぎるような気がして、他メンバーもいつのまにかシンタローになっていた。しかも頭の中ではカタカナのイメージになっているので、犬の名前を呼んでいるみたいだ。
「そうだな、ギターはもうちょっとタメがあった方がいいかも」
シンタローには前もって忠告しておいたのに、マサヒトは自分のギターに対してちょっとでも否定的な言い方をしたらキレれてしまう恐れがあることを。あ~あ、それなのに言っちまった。案の定、マサヒトは一気にこれ以上ないというくらいに不貞腐れた顔になった。ここでさらに追い打ちをかけるようなことを言おうものならば、ギターをアンプのスピーカーに突き刺すという、彼の師匠であるリッチー・ブラックモアと同じことをしそうである。
「それよりもさ、いつになったら楽器買うんだよ、シンタロー」と険悪なムードをはぐらかすかのようにムラタが言った。やっぱりカタカナの犬の名前に聞こえる。
「今はいろいろとリサーチしているところでさ、安いものじゃないからよく吟味しなければならないわけ」相変わらずの寝ぐせ頭で偉そうなこというから、またもや雰囲気は悪くなる。
「でも、何もやらないで見ているのつまらないんじゃね?シンタロー」とムラタ。
「うん、いなくてもいいぞ、シンタロー」これは怒り状態のままのマサヒト。
「この家の人間がいないわけにはいかないだろう、ここを使えるようにするのってたいへんだったんだぞ、本当に」
「でもなんか悪いよ、ここはもういいから部屋で勉強していろよ、キンタロー」調子にのってきたムラタ。
「本当にいなくもいいぞ、チンタロー」もうやめておけばと思われるマサヒト。
「ふざけんなよ、俺がいないとここで練習ができなくなるんだぞ」
「あーいいよ、オレはもうこんなところでやりたくねぇんだよ、ヤマゾノォ」マサヒトが遂に言っちまった。苗字で呼ばれたらブチ切れて何をしでかすかわからないってこの間で言っていただろ、って、そうかあのときはいなかったんだマサヒトは、でも君たちは同じ中学校だったのだろう、まあ、僕にいわせれば似た者通しなのだが、この二人。
乱闘、修羅場、仲裁、巻き添え、傷害事件、救急車などなど縁起でもない言葉がいくつも頭の中を飛び交っていた。でもヤマゾノチンタローはぶち切れもせず、何もしでかさなかった。敢えていえば、プルプルと震えて泣きそうな顔をしていた。
ここにある確かなことはただ一つ、バンドは始まらないうちに終わってしまった。(つづく)
