久しぶりに参拝した神田明神で、
自分が今年、厄年だと知りまして。

厄年。何だ?それ?

何がどう厄災なのか悪いのか?
詳しくないから全くわかんない。
ただ、なんとなく良くない一年という認識だけはあり…。自分にとって都合の悪い出来事に遭うたび、「だって厄年だしなぁ」と、不満の捌け口にしたりしています。そんな、厄年。

普段、自分の年齢を意識することはあんま無いんですが、こういう時くらい、自分を見つめ直してもいいのかもしれません。

厄年。24歳。首凝りと頻尿が悩み。

首凝りはまだしも、頻尿は完全に「老い」ですね。早い気もしますけど(色んな意味で)。無理もできなくなってきました。早起きはできるけど、夜更かしはできない。数年前は逆だったのに。ポケモンの卵を、二徹ぐらいして、延々と孵化し続けていたあの頃のバイタリティは、もうありません。

あとは、特に、涙脆くなったかも。
色々我慢できなくなっちゃいました。

こないだもそうです。
前までなら我慢できたことが、できませんでした。感動して、じんわりしちゃったのです。

……
……

先日、私は、「あるもの」を探して、駅からの帰り道を歩いてました。それこそ、早足で。血眼になって。部首の「けものへん」みたいな前屈姿勢で。なにしろ、オタクは歩くのが大変早い生き物ですからね。

犭←これがけものへん。

で、ズカズカ歩いてると、坂道のふもとに信号がありました。
大通りから枝分かれした小道にあるソレは、物寂しさを埋めるため、場合わせ的に、意味もなく置かれた信号でした。通る車なんて1台もありません。お巡りさんが、交通違反をしょっ引いて、レッドカード配るためだけにあるような信号。たぶん、どんな街にでもあるでしょう。

私は急いでました。そりゃもう。
無視して渡ろうとしてました。堂々と。

ところが。

歩道を挟んだ向かい側から、2台の自転車が来るではありませんか。1台は、ママチャリに乗ったお父さん。そしてもう一台は、新品のマウンテンバイクに跨った、ションベンくさそうなわんぱく坊主。自転車は買ってもらったばかりなんでしょう。紫がかった青色の車体は、ピカピカと光沢を放っていました。フレームに走った稲妻の模様が、いかにも子供っぽくて、「この子、習字バッグでドラゴン柄選ぶんだろな」などとボンヤリ思いつつ。頭にかぶったシンカリオンのヘルメットも、まだまだブカブカです。

さらによく見ると、坊主の肘や膝には、黒色のプロテクターが着けられていました。頭から肘、肘から膝に視線を落としていくと、脛の部分に、ペダルが何かをぶつけたであろう、白い擦り傷も付いてまして。

この時、なるほど、と悟った訳です。
小僧は、自転車の練習をしてるんだ。
で、お父さんは、それを後ろから見守ってたんだと。

私は急いでいました。そりゃもう。

でも、それ以上に、「小僧の模範でなくてはならない」と思ってしまったのです。サドルに跨り、外の世界へ漕ぎ出す小僧に、「正しい大人の何たるか?」を示さなくては。そう思い、私は、赤信号の前で足を止めました。こんなことしてる暇ないんだけど…とムズムズしつつも、断腸たる思いで止めましたよ、もう。

(時には、自分より誰かを優先して動くのが大人なのです。私はなんて大人なのでしょう…)。

モノローグで、誇らしげに自分をナレーションしてたのも束の間。

親子の後ろから、さらにもう1台の自転車が迫ってきました。鉄パイプを継ぎ合わせて作ったみたいな粗雑な自転車は、お父さんの後ろに、ずいっと車体を近づけてきました。見方によっては煽ってるみたい。怖え。

(どんなのが乗ってるんだ?)

気になって見ると、そこには、これみよがしに身体を露出した、色黒のツーブロが乗っていたのです。ツーブロは、ジョニーデップ以外似合わないような、真っ黒の丸縁のサングラスをかけ、胸板で膨れた白シャツに、タイとかベトナムの露店でしか売ってなさそうな、ドギツい極彩色のハーフパンツ…という出立ちでした。

こりゃ、ダメだ。私は前のめり気味に、確信しました。彼は、子供に見せてはいけない。「大人の世界」の住人だ。すね毛も剃ってへんし。ツーブロだし。

自転車は、ますますお父さんとの距離を詰めてきました。

せっかく、自分が「模範的な大人のなんたるか?」を示そうと思ったのに。これでは一瞬で台無しになるでしょう。あぁ、もう終わりだ。こんななら、自分も無視すればよかった、、

私は思わず目を閉じ、そして、開きました。

すると、目の前には信じ難い景色が映っていました。ツーブロが、なんと信号前で止まっていたのです。それも、歩行者の邪魔にならぬよう、お父さんに車体をピタリと寄せて!

「「ツーーーブローーー!!!!」」

内心、叫んでしまいました。
何という自分の浅ましさ!
それ以上に、ツーブロの何という礼儀正しさ! 私は目元が潤み、思わずじんわりとしてしまいました。

あの時の彼が、私と同じ気持ちだったかは分かりません。ですが、あの瞬間、私とツーブロは止まったのです。子どもの「模範」になったのです。たったそれだけのことなのに、私は無性に感動してしまいました。

これを「老い」と言わずして何というか──でも、必ずしも嫌とは思わない、そういう「老い」もあるんですね。その日、私は初めて知りました。

信号が青に変わると、ツーブロは、車道に逸れつつ、子どもを優々と追い越していきました。人は見た目によりません。私は反省し、気付かれない程度に、ツーブロに会釈をしました。見た目はともかく、坊主に、こんな大人になれよと思いました。

やがて小僧が、いかにも重たそうに、ペダルを踏む足に力を込めました。私は、そんなあどけない足取りを、愛おしげに見送ったのでした。

……
……

さて、それはさておき。
私はここで、ようやく用事を思い出しました。私は探し物をしていたのです。少し歩いた先にはコンビニがあります。ここでなら当然見つけられるだろう…。そう思い、自動ドアをくぐりました。ソレは確かにありました。ですが、すでに先客がいたのです。


終わった。


そう、私はトイレを探していたのでした。

利用者を待つ間、私はしきりに内股をクネクネさせていました。黒スキニーを履いた細い脚は、さながら海外産のクワガタみたいです。ムシキングの強さ180くらいのに、こんなハサミのクワガタがいた気がします。

で、待ちに待って、ようやく先客が出て来ました。来た! と言わんばかりの勢いで、私は先客を押し退けるようにして個室に入り、スキニーを脱ごうとしました。そのときでした。


じんわり……と、来てしまいました。

私は、漏らしちゃったのです。


何より不幸なのは、私が我慢に我慢を重ねオシッコをするのに何より快感を覚える人種だということで。漏らしたというのに、正直、そんな嫌な思いはしなかった。あーーーー!!!なんてみっともないんでしょう!!!!

私は、ほのかにションベン臭くなった下着を見遣り、さっきの小僧に、こんな大人にはなるなよ、と思いました。


厄年。24歳。首凝りと頻尿が悩み。
これも厄年のせいと、小水も不満も水に流して、コンビニを出た私なのでした。


ノット


※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。
※漏らしたのは本当ですけど。