本屋大賞を受賞した町田そのこの小説が原作の作品。本屋大賞は全国の書店員が選ぶ賞だから、どうしても文学に馴染めない人にも「良かった、感動した」といって欲しい想いが強く出るのだろう。映画祭の観客賞に近いかも。

 監督は「八日目の蝉」(11)や「いのちの停車場」(21)の成島出。どう考えても、そこそこ感動させられて泣かされるのだろうな。という事を覚悟して観たが、果たして、その通りであった。

 自分の人生を母親に搾取されて生きてきた女性、貴瑚(キコ)。腹に傷もあり、かなりの訳ありのようだ。そんな彼女は東京から海辺の街へ引っ越してきた。そこで彼女は、母親から「ムシ」と呼ばれて虐待され、声を発することのできない少年と出会い、彼を保護したい衝動にかられるというもの。

 映画の構造は、3年前、2年前、1年前と過去を描写していく中で、彼女が体験してきた辛くて痛いものを観客に示していく構造だ。テレビドラマのような伏線回収が本作のポイントだから、あまり内容を話すことは出来ない。

 だから、映画を「どんな筋?」みたいな興味で見る方にはお薦めかもと思うのだが、無理やりにでも事件を起こして、衝撃の伏線回収をして、悲しませてから希望で終わるというエンタテインメントの教科書のような映画は嫌だという人もいるだろう。私は後者だが、ほとんどがセリフで説明される映画だから、何だかな・・・と思いながらも、実力派の俳優の力量で救われている。

 生きることを諦めていた貴瑚に杉咲花。彼女を地獄から救いながらも、自らは孤独を抱えるアンに志尊淳。貴瑚の上司で恋人となる男に宮沢氷魚。その他、小野花梨、金子大地、余貴美子らが出演している。

 映画をより楽しむためには、何故、貴瑚の腹に大きな傷跡があるのかなど、伏せたほうが面白い場合もある。簡単に事件の顛末など見たくもない。考えさせてよ!バカじゃないんだからという人にも、52ヘルツのクジラはミステリアスで面白い。

 映画から鯨の話。52ヘルツの鯨はウッズホール海洋研究所のチームにより発見された唯一の個体。その呼び声は1989年に初めて聴取され、1990年および1991年にもまた聴取されたという。現在でも生存していると考えられるが、他のシロナガス鯨やナガス鯨の声の周波数は30ヘルツ程度なので、52ヘルツ高い声は、他の鯨には届かない。この個体は、広い世界の海を孤独に泳いでいるという。この鯨のドキュメンタリー映画があるらしい「The Loneliest Whale: The Search for 52」。日本では公開されていないかも知れない。

 世界でもっとも孤独な鯨のように、映画もミステリアスに何かを発信して欲しいものだ。キャッチできるよ、観客は。

 2024年3月公開。