良く出来た映画だ。179分の大作だ。東京の路上ミュージシャンの女性は、話すことが苦手だ。小さな声しか出せないが、歌はしっかりと歌える。彼女はキリエと名乗るがそうではないらしい。そんな彼女と出会うのは名前を捨てたイッコ。2人の生活が始まり、路上活動がスタートする。一方、大阪。時代は少しさかのぼる。ここにも声を出さない少女がいる。彼女には家がなく木の上で夜を過ごす。
そんな時間と場所を転々とする映画だ。いわばじっくりと時間をかけ、ピースをひとつずつはめていくような作品だ。場所は上記以外に帯広と石巻。
感の良い人は「石巻」「話せない」「木の上」のキーワードから何かを連想するだろう。そう、それはドラマを大きく動かした要因だ。
しかし、この映画はストーリーを伝えることが目的ではないことは、観てもらえれば分かるだろう。人と話すこと。時間を過ごすこと。そんな断片が丹念に演出されている。
キリエと、キリエと名乗るロカをアーティストのアイナ・ジ・エンドが、謎多きイッコを広瀬すず。時を超えて、この二人を出会わすことになる、男の弱さとナイーブな感情を見事に表現した松村北斗。子ども時代のロカの面倒を見る教師に黒木華。路上ミュージシャン役の村上虹郎らが好演している。
この映画は音楽映画である。キリエのライブ映画と云っても良い。彼女の特殊な迫力ある歌唱が楽しめる。懐かしい感覚の歌が満載だ。で、同時に映画シーンのピースを組み合わせれば、ある人にとっては再生の物語にもなるし、一瞬の輝きはあるが過酷な運命の序章のようにも感じるだろう。
脚本・監督は岩井俊二。不思議な充実感を与えてくれる作品だ。たぶん私が観た岩井作品の中では最高傑作かも知れない。
が、少々批評すると、津波から逃げなくてはいけないシーン。綺麗に作るために、現実の人間性が見えないようにも思える。また、岩井作品で多く言われることだが、例えば親などの世代の表現が表面的だ。このあたり、やっぱり少女大好きな監督は健在だ。雪の上に倒れこむセーラー服は可愛いぞ!(やっぱり・・・)
ともあれ、3時間の大作。3時間と聞いて、「そんな長いの見られない!」なんて思わずにチャレンジしてほしい。だって、テレビの前で日本シリーズ見ているんでしょ?だったら、是非。
2023年10月公開。