「月」に続き同月封切りとなる石井裕也監督の作品だ。どうやら「愛にイナズマ」が先に撮影されていたようだが、どちらもオリジナル脚本。(ただし「月」は辺見庸の原作)公式HPによると英語題は「Masked Hearts(マスクで覆われた心)」。

 次々と展開するコミカルな物語は、次に登場する俳優への期待も生まれ、あっと言う間に映画のペースにのせられていく感じだ。この映画のストーリー説明はいらないようだが、あえて書くと、映画監督デビューを控えた折村花子(松岡茉優)は映画界の常識?のようなプロデューサーに騙され、企画だけを奪われてしまう。が、彼女は小さなマスク(例のマスク)の舘正夫(窪田正孝)と出会い、映画を再開する。

 その映画は家族にまつわるもの。10年以上連絡を取らなかった家族の元へ。でそこに、父親(佐藤浩市)がいて、さらに二人の兄も呼び寄せられるというもの。兄は池松壮亮と若葉竜也が演じている。

 それ以外に、仲野太賀や三浦貴大らが脇を固める。これらのキャストだけでもワクワクするのだが、そこに監督の眼差しで、アフターコロナ後の停滞した社会の片隅に落ちている怒りや哀しみが拾い上げられ、痛快なまでにコミカルに演出される映画が、面白くない訳はない。

 彼女が撮る映画は家族の映画だが、ドキュメンタリーではなく、家族の物語を家族自身が演じる映画なのだ。そんな映画はあるのか?と思う人もいるかも知れないがあるのだ。大島渚賞を受賞している小田香の学生時代の映画「ノイズが言うには」はそんな映画だった。

 「愛にイナズマ」に戻ろう。家族と一人の他人は、まるで嵐の中の難破船のように何処に漂着するのか分からない。「やっぱり素人じゃだめだ」と怒鳴る娘と、協力し演じようとする老いた父親。そこに二人の全く性格が違う兄弟。あることがきっかけで、やがて映画は奇妙な「愛」に包まれていく。って、何のことだかわからないでしょ?まずは観て欲しい。ものすごく面白い。

 と楽しみながらも、やはり批評は加えておかなければならない。やはり日本テレビが大きくかかわっているためか、社会への切り込み方、風刺の仕方が甘く抑えられている。「茜色に焼かれる」のようなズバっと痛い感覚はない。そこは残念だ。また、花子がひどい目にあわされるプロ映画界の助監督やプロデューサーの怪しさ酷さがステレオタイプすぎる。それこそ、そんな奴50年前にもいないよという印象。騙すならもっと現代の性や労働に対する搾取を見せて欲しい。それでこそコメディの価値ではないだろうか?

 これは批判でも批評でもないが、松岡茉優!上手すぎて何故か腹が立つのは私だけ?などと書きながらも、この映画の中で良く出てくるセリフ「忘れてしまうんだなあ・・・」が気にかかる。

 2023年10月公開。