2020年のなら国際映画祭コンペ部門で特別賞を得、スロヴェニア国際映画祭2019では最優秀作品賞。またアカデミー賞国際映画賞へスロヴェニアから代表選出されている異色の作品。今回ようやく日本でも公開される。大好きな映画が公開されるのは嬉しい。監督は1984年生まれのグレゴル・ボジッチ。

 1950年代なのか、美しい栗の森に囲まれた国境地帯の小さな村。政情不安から人々が村を離れ過疎が進んでいる。旧ユーゴスラビアから独立したスロヴェニア。人々は疲弊しているように見える。そんな、村の中で老大工(主に棺桶製造)のマリオと、森の反対側に住む栗売りの女性マルタが出会うのだが、二人はそれぞれの問題をかかえ、それぞれの思いにふけっているように見える。

 マリオの妻は年老いて死にそうだし、待っている息子は帰らない。マルタも戦争から帰ってこない夫を待って、美しい栗の森に残っている。そんな状態だ。

 と、そのように曖昧に書くのは、絵画のように美しい本作は、不思議な時系列で語られ、いわゆる一般ドラマの構造ではなく観客の想像の中で完成する映画だからだ。

 なら国際映画祭の受賞インタビューで、(この時はオンライン)監督は「この作品は、大人に向けたお伽話だ」と語った。その時私は、この映画の持つ記憶のようなものを考えていた。その記憶は人に対する記憶だけでなく、忘れられた土地の記憶のようなものなのかも知れないと思った。村の人々はどこへ行ってしまうのか?この映画は、老いたマリオの記憶の世界なのだろうか?あるいは帰ることのない息子のイリュージョンなのか?

 この映画には、2か所に懐かしい楽曲が使われている。ユーゴの歌手、ベティ・ユルコビ

ッチの「パガニーニ・ツイスト」、馬車の上で、若い娘たちが歌うのは、シルヴィ・ヴァルタン「アイドルを探せ」。人々が去り、陰鬱な老人の世界と対比的に、若い世代の輝きのようなものも描かれている。

 「しみったれの大工 マリオ」「最後の栗売り マルタ」「帰らぬ息子 ジェルマーノ」の3つの章からなる本作。映画にしか出来ないダイナミックな表現を感じさせてくれる。

 関西は2023年10月27日から。