インドネシアの近現代史を寓話的に描いたドラマと紹介されている。公式HPで、「アクト・オブ・キリング」の表記があったので、それにミスリードされ、1960年代の映画かと思い込んで見ていたら、いやいや現代の農村を舞台にした生臭く、極めて面白いドラマだった。確かに殺す側のドキュメンタリー「アクト・オブ・キリング」と殺された側のドキュメンタリー「ルック・オブ・サイレンス」のどちらも観ているが、それらとは全く違うが、不思議なリアリティを感じる作品だ。

 やはり人間社会、上手く立ち回れる人間が得をするのだが、複雑な現在、そうとも言えない。

 東ティモールとの紛争で活躍した退役将軍フルナが、農村部で首長選挙に出ようとしている。話も上手く、信頼も厚い。そんな彼に、たった一人の使用人として働くことになるラキブという青年。人生はうまくいっていない。父親は刑務所に収監されているし、兄も村を捨てている。そんなラキブに対して、立場を超えたように親身に接し、父親代わりの存在となりつつあるブルナとの関係が、この作品をスリリングにけん引していく。

 この退役将軍、不思議な人格なのだ。優しく青年に接したり、選挙のためかも知れないが、村人に気を使い良い人なのだが、時に冷酷な一面もある。そう書くと、まるでゴッドファーザーのようでもあるが、この映画、あんなにわざとらしくはない。やはり才能ある演出と演技がなされている。(世界的名作にダメだししたわけではない)

 また、仕様人のラキブも、彼の人格に嫌悪感を持ちながらも、かといって本当の父親も好きではないようだ。

 どうです?この設定でドキドキする人は作家性のある人かも知れない。で、映画は大きく終盤変化していく。「え?何で?」「やめとけ!え?やっちゃうの?」みたいな状況の中で、観客はドキドキしながら、背中を気味悪い手で触られるような感覚を得るのだが(私の感覚)、なるほど・・・~だからそうなの?とか、事件の発端を考えたりして面白いのだ。この内容はここに書かないので、是非観て欲しい。

 監督は、マクバル・ムバラク。この作品が長編デビュー作だという。本作でヴェネチア映画祭国際映画批評家連盟賞、東京フィルメックス最優秀賞を受賞している。今後、注目の監督だ。俳優も日本では知られていないが、演技も素晴らしい。演技をしている感覚はなく、本当の人物に接しているようだ。

 これは言わなくてもいいことだけど、インドネシアはムスリムが宗教の大半。ムスリムでは同性愛はご法度だ。そんな感覚も感じられ、ドキドキする映画だ。

 2023年10月公開(関西)。