カンヌ映画祭パルムドールを受賞した「4ヶ月、3週と2日」、「汚れなき祈り」「エリザのために」の監督、クリスティアン・ムンジウの最新作が本作だ。

 ドラキュラの舞台、ルーマニア・トランシルヴァニア地方の小さな村に、出稼ぎ先のドイツで暴力事件を起こし、帰って来たマティアスと、冷え切ってしまった関係の妻、通学途中の森で何かを見てしまって、口を利かなくなった息子。そして、衰弱した父。元恋人シーラとの関係や行動を軸に、多くの出来事が絡み合っていく物語。

 それだけの設定でも、何を見たら話せなくなるのか?元恋人の拒絶感の原因は?妻はなぜ、彼をいない人のように扱うのか?これだけでも人間関係のドラマは出来る。そこに、シーラが責任者を務める地元のパン工場がアジアからの外国人労働者を雇ったことをきっかけに、彼らを異端視する村人との間に不穏な空気が流れはじめるというもの。

 さらにこの地域、ルーマニア語、ハンガリー語、ドイツ語、英語などが使われていて、元になった国や文化違い、価値観、歴史観の微妙な違いが関係を複雑にしている。また、鉱山も閉鎖され、男たちが仕事にあぶれている現状もあるが、彼らは最低賃金では働かない。

 「ヨーロッパ新世紀」とは大胆なタイトルだが、原題は「R.M.N.」、認知機能が落ちた父親が受けるMRIの略号とのこと。意味はない。公式HPには「他人事ではない"壊れゆく世界"の有り様」「不穏な新世紀の新たな現実と予言の黙示録」などの言葉が書かれている。まさにその感覚はある。

 圧巻と紹介されている17分ワンカットで表現される終盤の村民集会の場面では、あらかじめ分断し差別する意識の「善意の顔」であったり、あらかじめアジア人(スリランカ人)を村から追い出す理由として、アジア人が持っていると曲解したウイルスの話まで(鳥インフルエンザや中国からのウイルス)出て来て、かつてロマ人などのジプシー差別を彷彿させられる。まさに「不穏な新世紀」なのだ。しかし、これはヨーロッパだけの話ではない。

 こんなことは埼玉県でも起こっている。(分からない人は自分で調べてほしい)いや、日本中、世界中で起こっているのだ。

 ところで、クリスティアン・ムンジウの映画には、「父帰る」「裁かれるは善人のみ」「ラブレス」のアンドレイ・ズビャギンツェフの映画と同様に、時代に対する鋭い洞察力を感じる。しかしムンジウ作品にはどこか人間の持つ滑稽さも同居する。そのあたりもワクワクしながら楽しめる作品だ。

 映画の構造も面白い。映画のタッチすら微妙に変化する。各章に分けられた絵本のページを繰るように微妙に変化していく感じも面白い。

 で、世界的有名監督作品で、今という時代を洞察する優れた映画である本作。日本国内では20館に満たない上映とは、自分が「難しいこと言うなよ。馬鹿か!映画は楽しくてなんぼやろ」と否定されているようで情けない。そんな人は映画「月」のさと君に論破されたらいい。なんて、失礼しました。

 2023年10月公開。